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【人生の100冊】2.三浦哲郎『忍ぶ川』

うちは両親の仲が悪く、私は子供の頃から「家族でおでかけ」とか「家族団らん」なんてドラマの中のことだと思っていた。自分自身は父母それぞれに愛されて育ったけれど、「仲の良い家族」からはかけ離れていた。

いつしか私は「自分の家がほしい」と思って生きるようになっていた。それは建物としての「家」ではない。家族の場としての「家」だ。

三浦哲郎の小説に「忍ぶ川」という名作がある。

第44回芥川賞受賞作。今の時代からすると古くて共感もしにくい話だけれど、私にとっては大切な1冊だ。

学生の「私」が、「忍ぶ川」という料亭に通うようになり、そこで働く志乃と出逢い結ばれる。「私」には自殺や失踪をした兄弟がいた。一方、志乃は遊郭で生まれ、家を持たずに社殿のお堂で暮らしてきた。二人とも哀しい境遇で育ってきたのだ。だが、そんな運命に立ち向かうように二人は純粋な愛を育み、質素な結婚式を「私」の実家で行い、新婚旅行へと向かう。

私はいつもこのラストシーンで涙を止めることができない。それは新婚旅行へ行く汽車の中で、志乃が叫ぶところだ。

「みえる、みえる」

志乃はいきなりそう叫んで、「私」の膝を揺さぶるのだ。

「ごらんなさい、みえるわ、みえるわ」

志乃が指さした窓の外は「私」には珍しくもない自分の町だ。雪が積もった風景が広がっているだけ。不思議に思った「私」は何が見えるのかと聞く。すると志乃はこう言うのだ。

「うち!あたしの、うち!」

見ると、確かに二人の家がちいさく立っている。志乃はなおも「私」の膝を激しく揺さぶり言うのだ。

「ね、みえるでしょう。あたしのうちが!」

生まれて二十年、家らしい家に住んだことのなかった志乃は「私」と結婚して初めて本当の「自分の家」を持ったのだ。それが嬉しくて人目も気にせず汽車の中で叫ぶ。

私もずっと自分の家がほしかった。夫と出会って結婚し、子供はできなかったけれど、ようやく「あたしのうち!」と言える場所を手に入れた。その喜びがわかるからこそ、志乃のさけびがいじらしくて、何度読んでもどうしても涙してしまうのだ。

<人生の100冊の趣旨>
noteで【最近読んだ本】という書評エッセイも書いていますが、「最近」ではなく「昔」読んだ本の中で、今ぱらぱらとページをめくっても「ここ、たまらん!」「きゅーんとする!」という、私の中でいつまでも色褪せない本への想いを書いています。現代作家のものはもちろん、古い文学や古典、もしかしたら漫画も入るかもしれません。
特に期限は設けませんが、一応100作品を挙げるのが目標です。
私個人の便宜上、タイトルにナンバーを入れていますが、「1が一番好き」「1番古い本」など、数字の持つ意味はありません。本棚で目についたものや、その日の気分で書いています。
何か少しでも読んでくださった方の心に響く言葉があって、「これ、読んでみたいなぁ」と1冊でも思っていただければうれしいです。


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