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【人生の100冊】3.佐藤多佳子『しゃべれどもしゃべれども』

これはもう一言でいうなら、「不器用な人たちの物語」だ。

26歳、二ッ目落語家の今昔亭三つ葉が、自分の落語のことだけでも手一杯なのに、なぜか素人に落語を教えることになる。生徒4人は全員「しゃべる」ということにコンプレックスを持っている。

内気で話せないテニスコーチの綾丸良、美人で黒猫のようだが不愛想な十河、関西弁でいじめにあう小学生の村林、あがり症で本番になるとしゃべれなくなる野球解説者の湯河原。ひょんなことから、この年齢も境遇も性格もまったく違う4人の面倒をみることになってしまった三つ葉。一人称で三つ葉の語り口で物語は進んでいく。

4人に振り回され、悩み、ぶつかり、それでも放っておけない関係になっていくのが、読んでいて微笑ましいし、ユーモアもたっぷりある。そして、ラストには4人の不器用ながら前に進もうとする姿にほろっときて……。さらに、不器用な恋愛も絡んでくるのだからたまらない。落語の話だが、落語の知識などなくても十分に面白いので、そこはご安心を。

私がとても好きな三つ葉の言葉がある。

自信って、一体何なんだろうな。
自分の能力が評価される。自分の人柄が愛される。自分の立場が誇れる――そういうことだが、それより、何より、肝心なのは、自分で自分を“良し”と納得することかもしれない。”良し”の度が過ぎると、ナルシズムに陥り、”良し”が足りないとコンプレックスにさいなまれる。だが、そんなに適量に配合された人間がいるわけがなく、たいていはうぬぼれたり、いじけたり、ぎくしゃくとみっともなく日々を生きている。

これ、めちゃくちゃ芯を突いているような気がして。

少なくとも私は、うぬぼれたり、いじけたり、ぎくしゃくとみっともなく日々を生きている。”良し”の配分を適量になんて器用にできない。でも、たぶんほとんどの人間がそう――。

三つ葉も、他の4人も、この物語に出てくる人たちも同じで、でも、とても一生懸命で、だから愛しい。読み終わる頃には全員を大好きになってしまっている。

不器用でも、コンプレックスがあっても、みっともなくても、とにかく前を向いてもがいていたら、身近な人を感動させられたり、ちょっとは役に立ったりして、自分もまんざらじゃないなと思えるんじゃないのかな。そんなことを想わせてくれる1冊だ。

<人生の100冊の趣旨>
noteで【最近読んだ本】という書評エッセイも書いていますが、「最近」ではなく「昔」読んだ本の中で、今ぱらぱらとページをめくっても「ここ、たまらん!」「きゅーんとする!」という、私の中でいつまでも色褪せない本への想いを書いていこうと思います。現代作家のものはもちろん、古い文学や古典、もしかしたら漫画も入るかもしれません。
特に期限は設けませんが、一応100作品を挙げるのが目標です。
私個人の便宜上、タイトルにナンバーを入れますが、「1が一番好き」「1番古い本」など、数字の持つ意味はありません。本棚で目についたものや、その日の気分で書いていこうと思います。
何か少しでも読んでくださった方の心に響く言葉があって、「これ、読んでみたいなぁ」と1冊でも思っていただければうれしいです。




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