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ボードレール『幽霊』|性格を変えて2通り訳しました|フランス詩🇫🇷

💎 Première variation ─ 第1変奏


しなやかなけものの眼をした
天使の群のように
君の臥所ふしどに帰ろう
そして夜の影とともに
音もなくすべり込む
君のそばに

君に捧げよう
栗色の髪のひとよ
月のように冷たいくちづけと
墓穴の回りを這う蛇の愛撫を


鈍色にびいろの朝が訪れたとき
見出すだろう
私の居た場が空っぽなことを
そこは夜まで
ひんやりとし続けるだろう

他のひとが為す
優しさなどではないけれど
君の命と輝きを
この身の不安で
支配させてはくれまいか




💎 Deuxième variation ─ 第2変奏


じゅうの眼をした 一群れの
天使のように しなやかに
君の臥所ふしどに 戻ろうか
そして夜の影 従えて
音もないまま すべり込む
君のしとねの そのそばに

君にあげよう
栗色の 髪も豊かな 恋人よ
月に凍えた くちづけと
墓這う蛇の 愛撫とを


鈍色の朝が来たときに
おまえは見いだすことになる
私の居所いどこが空っぽで
夜までひんやりすることを

他の奴儕やつばらとは異なるが
優しさなんぞの手は要らぬ
おまえの命と若さとに
恐怖で君臨したいのさ




💎 フランス語原詩


Le Revenant

Comme les anges à l'oeil fauve,
Je reviendrai dans ton alcôve
Et vers toi glisserai sans bruit
Avec les ombres de la nuit;

Et je te donnerai, ma brune,
Des baisers froids comme la lune
Et des caresses de serpent
Autour d'une fosse rampant.

Quand viendra le matin livide,
Tu trouveras ma place vide,
Où jusqu'au soir il fera froid.

Comme d'autres par la tendresse,
Sur ta vie et sur ta jeunesse,
Moi, je veux régner par l'effroi.


── Les Fleurs du mal


💎 朗読


Yvon-Jean さん、なかなか渋いお声をしている方なのですが、この朗読はしゃがれ声も交えて、呪ってきそうな迫力の「幽霊」です🎃👻 🕸️🧚



💎 訳してみて思ったこと

『悪の華』からのソネット。

l'effroi には「(嫌悪を伴う激しい)恐怖」と「不安」という、かなり温度の違うふたつの意味があるようです。

どちらを採るかで、幽霊さんの人物像がまったく変わるので、それぞれのイメージで訳し分けてみました──みました、というか、後から「そういうことだったのね」と、気づきました。
(難しい単語や文法が少なかったので余力もあって(^^)/ 前回のは5日間、今回は1日で終わりました。)

  1. 不慮の死を遂げた恋人の幽霊。生前、よくクラヴサンを奏でていた、物静かで優しい青年でした。このあと女性も幽霊となり、細い腕を絡め合って小昏い森をさまよっていくストーリーの一場面として。
    あ、このあとヒロインが大活躍して魔法を解いてハッピーエンド💕でもかまいません(^▽^)
    こちらのほうが直訳に近いです。

  2. 亡き恋人の幽霊のようでいて、途中から凄んできて最後に哄笑してそうな悪魔。こちらのほうがボードレールらしいかも?
    十四行詩(Sonnetソネ)は、4+4 / 3+3で脚韻。"ターン"して後半の3+3で曲調が変わるとのことなので、前半は七五調、後半は八五調にしました。八五調も個人的に感覚に合うので好きなんです(「遊びをせむとや生まれけむ」)。
    調子を整えるために、ところどころ言葉を足しました。
    七五調も八五調もですが、音のリズムは日本人の心に染み込んでいるものの、なんとなく歌舞伎やお能みたいに様式美が和風すぎるので、西洋の雰囲気を損ねてしまう感じもしています。難しいところです。ふだんは「七五調混じり」くらいの使用頻度です。


相変わらずボードレールにはまっていて、まだ他にも訳したい詩があります(^^ゞ
読めば読むほど「せっかく好きになったのに、なんでこんなにグロいのか…(T-T)」と、七五調で嘆いてしまうのですが。たまにこの詩みたいなのに出会うと至福です〜♪ 《上澄み》好きなので。
なぜグロいのかについては思うところがあるので、またいずれ。


💎 タイトル画像

タイトル画像は、イギリスの象徴派、ジョージ・フレデリック・ワッツ「パオロとフランチェスカ」です。象徴派の画家を検索していて発見。
ちがう物語なのですが、死出の旅ということで。この題材は、耽美な絵が実に多くて目移りするのですが、ちょっと蛇感のあるこちらにしました。ワッツ、久しぶりに見ました(^^)/

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