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本当の生きる意味

改めてセカンドキャリアに向けた思いと、その経緯を書き留めてみました。


良し悪しは物事の捉え方次第

これまで勤めていた会社は新卒から24年。マネジメント職も経験させていただきました。会社の良いところも悪いところもよく理解していると思っています。

自分にとって失敗だったと思う経験であっても見方を変えればこの経験があったからこそ、次のこれができたんだ、と思うこともあります。
会社も同じ、良い面悪い面やっぱりあります。

その時の自分の置かれている立場、役割、周りとの関係性、仕事の状態など。

やってらんない、なんでこんなことやらなければならないのだろうと思う日々もありました。

悩んだ時の選択は、周りとの相談、自分で何度も考えてみるけれど、結局は目の前のことを続けるのか、止めるのかの2択。

止める決断も必要です。それは逃げではありません。
その時の心の持ちよう、つまり自分がそのことをどのように受け止めるのか次第です。

逆に続けるとしたときに、でも今の気持ちでは続けられない、どうすればいいのか?
自分にとって今のこの仕事をどいういう目的でやり遂げれば、自分にとっていい結果につながるのか?
捉え方の変換ができれば、目の前が開け、物事を進めていくことができるようになります。

辞める決断の理由

今回、24年働いた会社を辞める決断をしました。
私にとっては、とても大きな大きな決断でした。
周りにも止められました。

この先のことも物事の捉え方を変えていければ、続けることもできたかもしれません。でも、なぜ退職の決断に至ったのか。

小さな理由はいくつかありますが、一番は自分のありたい姿を見つけたときに、自分に嘘が付けなくなったというのが本当の心の声だと思います。

20代30代の時は辛いと思っても捉え方を変えれば、その先の未来に自分の成長した姿をイメージすることができました。だから、頑張ってみようと自分自身のモチベーションにもつなげることができました。そしてその結果、大変だったけどやってみてよかったな。という気持ちに繋げることができた期間でした。

その後、子供が生まれ今までとは違う働き方を経験し、今までの経験とは異なった周りの反応、やりたくてもやれないジレンマ。とても悩み苦しみ、私の人生の底辺だったといってもいい時期です。それでも時間が経つにつれ、新しいチャレンジにも挑戦させてもらい、新しい経験も身に着けることもできました。

そして突然の母の死。

一人娘の私にとって、とても大きな出来事でした。
病名がわかってからの余命1カ月宣告。
実際は2週間で逝ってしまいました。
その頃は顧客向けのプロジェクト業務を抱えており忙しく、さらに追い打ちをかけるように母の病状が発覚したと同時に娘も不登校。

コロナ禍ではありましたが、チームのメンバーにも甘え、毎日10分の面会も行かせていただくことができました。どんどん衰え、会話もできなくなっていく母の状況を目の当たりにしていきました。毎日目の前のことを受け入れることができずひっそりと泣いては、その後の打ち合わせ時間までに心を戻し、次の契約に向けた対策を検討する日々でした。

でも泣いていても母の病状がよくなるわけでもなく、亡くなってしまった後の事も考えなければいけない。葬儀の事、家の事、お金の事、父の今後の生活の事。そして娘の不登校、今後の仕事についても。

当時、その時の生活におけるすべての問題が一気に押し寄せてきたように思いました。

その後、仕事も一つの区切りまでつけたタイミングの1時間後、母はそのことをどこかで見ていたのでしょうか。見計らったかのように病院から危篤の連絡があり、一晩一緒に過ごさせていただいたのちに息を引き取りました。

本当の生きる意味

これまでのことを振り返ってきたときに、自分意思で、自分の足で立ってやってきた活動は仕事でした。
そう思ったときにそう活動するためのモチベーションは何だったのか。
ふと、私は母のために仕事で頑張っている姿を見せたいと思っていたのではないか?、そんな気持ちがよぎりました。

でもそれが母にとってうれしいことだったかどうか。
母が亡くなった今、なんでこんなに仕事に没頭してきたのかもわからず、仕事に対する意欲が出てこない状況にも陥り、自分の心が本当によくわからなくなってしまったのです。

その後、自分を見つめ直す時間を多くとるようになりました。
ちょうどよいタイミングでキャリアコンサルタントの更新講習を受け、その講習過程のワークに便乗し、自分を見つめ直すようになりました。

その中で過去を深く振り返っていくと、私のありたい姿は自己成長だけではないということがわかりました。


同じ方向を向いた仲間と学び、励まし合い、喜び合い、寄り添いあいたい。

これは家族も含みます。
これが足りてなかったんだと思いました。
これまでの人生で楽しかったことの思い出はこれがありました。
仕事でもつらかった経験の末には、これがありました。
だからまたがんばろうと思えたんだと。

これに気づき、私は次のステージに移ろうと決心しました。
その第一歩として会社を辞める決意をしました。
今の会社で働き続ければ生活も安泰、もしかしたらこれからも上記のことが実現できるかもしれません。
でも、それ以上に会社の業績を伸ばしていくためのミッションに紐づくやらなければならない仕事に翻弄され、家族や自分の大切な人達との時間を後回しにしてしまう。
その中から生まれる小さな光に喜んでいるくらいであれば、今までと同じことの繰り返しです。

それであれば、長いこと居た世界から外に出て、今の年齢、ライフスタイル、経験値を活用した別のステージで、新しい仲間と得た小さな光を喜ぶ方が断然いいのではないだろうか、そう思ったんです。

今回母の死という自分にとって衝撃的なショック療法で、新しい自分のありたい姿を発見するに至りました。
このありたい姿は、40代の私にとって人生の後半の指標になるものです。

しかしながら私のような状況にならずとも、自分と向き合う時間をしっかり取っていただくことで、貴方の人生の後半を生きて行くための指標となる自分のありたい姿、生き方を見つけることはできると思っています。

人生は1度しかありません
その1度きりの人生を、
自分で決めて生きていくこと
自分らしく生きていくこと

そうするための指標となる『ありたい姿』を見つけ、
その姿に向けた活動を1日1%、小さく積み上げていくこと

その1%を積み上げる活動時間が
貴方が毎日ご機嫌でいられる時間と同意となります

ぜひ貴方にも、人生の後半の毎日がご機嫌でいられる自分であってほしいと願っています。

今日もありがとうございました。


自分と向き合うための無料ワークショップを実施いたします。
今の自分を少しだけ変えてみたい方に。



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