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のぞみ。

 新大阪の駅の喧騒は、なぜ心地良いんだろう。

 久しぶりの関西への出張で、「せっかくだから、時間が合えば会おうね」と連絡した学生時代の友達と、会う約束だった。月曜日の朝早くからの会議だから、前日の夜に、東京駅までダッシュで走った。そして、心斎橋のホテルにチェックインして、お風呂、レッドブルを一気に飲み干した。翌日の仕事に備えて就寝。(本当は最近覚えたワインを嗜みたかったけど我慢)

 友達は、一緒に服飾を学んで、東京でスタイリスト、バイヤーの道へ進んで、暫くして地元の関西へ戻り、アパレルデザインとデザイナー育成の学校の講師をしている。初めて喋った日から、アンテナが非常に近い人だと思っていた。当時、中目黒のおでん屋へ良く通った。剥きトマトをお出汁で食べた初めての経験。その新鮮な美味しさと感動と共有をした甘酸っぱい気持ち。とても良く覚えている記憶。お互いに友達以上恋人未満みたいな仲良し。でも、ふわっと宙に浮いた関係のまま、本当にそのまま、男女の関係にはならなかった。今思えば、友達としての丁度良いバランスを、崩すのが怖いし惜しいと思っていた。そして、お互いに別々に結婚した。

 何回目かの、おでん屋の帰り。気を許していたのもあり、弱いのに飲み過ぎた。珍しく酔いが回り気持ち悪くなった。彼の部屋に足を踏み入れる事は、何の躊躇も無かった。お互いに恋愛感情が、全くゼロだった訳では無い。若さは勢いで大概は飛び込める。でも、寸前まで迷って、その挙句タイミングが合わない。不思議と、そういう事が有るものだ。だから、こうして、進行形で純粋に付き合える友達が存在するのだと知る。

 もし、あの時、一線を越えていたら…失った。

 別に減るものじゃないけど、前と後では、取り戻せないものは確実にあって、踏み絵みたいに散らばっている。

 そう、だから、やっぱり良かった。

 人妻になっても、長い人生の中で、夫でも無く、元彼でも無く、完全なる友達の異性の存在が居る…いいじゃない。自分が、熱く、青く、一番可愛くて未熟だった頃を覚えてくれていて、さらに、その後、今も覚えてくれている。

 男女に友情関係はあり得ないという通説を覆す。

 新大阪駅に見送りに来てくれた彼の手には、551の箱が入った紙袋。「いくらなんでも、こんなに食べられるかな?」と言う言葉を遮って、「一日、三食、豚まん、元気でな」と、変なスローガンのような口調で返すのが可笑しくて可笑しくて、笑った。

 手を振って別れたふたりは、友達。

 流れる車窓で、紙袋から香ばしい魅惑の匂いが…ひとつだけ、ホカホカの豚まんが入っていた。帰りにすぐ食べられるように…(ありがとう)なかなか粋な憎いヤツ。



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