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連載小説「超獣ギガ(仮)」#6


波早風(なみはや・かぜ)。三十三歳。
超法術「鬼腕力王」を使う能力者。

 第六話「交戦」

 十二月二十五日、早朝。
 超獣と超人が会敵した、東京、晴海埠頭。

 わずかに融解しながら、しかし、いまだ硬く凍るアスファルトを駆ける、ふたりぶんの足音。立ち昇る冷気を切り裂いて、ふたりの超人が超々高速移動を続けていた。揺れる視界に立ち上がる影。ふたりは睨む。会敵直前。その敵の姿を捉えた。
 ようやくその全容を表した太陽は、その巨体に塞がれて見えない。ふたりに先行して、花岡しゅりはすでに超獣ギガとの対戦を始めている。数秒前に連続する銃声を聞いた。それは、彼らの基本兵装である、サブマシンガン、七七式エクリプス改。それぞれに特殊な能力を有するケルベロスのために特殊改良され、移動の高速化に合わせて、片手で取り扱えるほどの軽量化を果たしている。女性隊員の多い冥府の実働部隊は、多くの兵装に軽量化した兵器を採用していた。
「鳥谷」
 いつも変わらない落ち着いた声。波早風はまるで呼吸を乱さず、ちらりと左後方に目線を、そして、続く鳥谷りなに声を投げかけた。
「なんや」
 りなが視線を返す。
「花岡が交戦中だ、俺も会敵する」
「了解や」
「術野に入ったら、対象とは距離を作って状況を保持してくれ」
「ぼーっとしとけ言うこっちゃな」
「そういうことだ。じゃあ、先に行く」
 口角をかすかに吊り上げ微笑みらしきを浮かべ、前方へ向き直して波早は走行速度をさらに上げた。揺れる小さな頭。短くしたばかりの黒い髪。星が瞬くがごとく、みるみる小さくなる細い背に手を振って、りなは速度をやや緩めた。息が切れる。彼女の身体能力はしゅりや波早とは違う。彼女が持つ特殊能力、使う超法術もやはりふたりとは方向性が異なる。体力と集中力を維持しながら戦線に加わるように、事前から言い渡されていた。
「あんたもやってしもうたれ!」
 いまや見えなくなった、しかし、わずか先で人類の未来をこじ開けんとする、チームメイトに向けて叫んだ。
「お気張りやすー」
 りなは立ち止まって、大きく息を吐き出した。

「アイ・アム・ア・ヒーロー」
 目の前に微笑みさえ浮かべているその女の姿はひょっとすれば幻なのかもしれないと、膝を震わせ、立てずにいる男は考えていた。状況を把握できなかった。超獣と呼ばれる巨大な猿に対峙したのは今日のことのはずだ。私たちは、いや、その前に、先行した警視庁の特殊急襲部隊は数分ももたなかった。あの手に払われて粉々の肉片にされ、逃げ惑うものには尾が追ってきて弾き飛ばされた。あの時、すでに私たち自衛隊、戦車部隊は随行する歩兵を含めて、統制が取れなかった。奴にとって、我々は敵ではなかった。M六一バルカンは盾のように構えられた前腕に防がれ、対戦車ランチャーを放つと、奴は、その軌道を読んでいたかのように、あの巨大を軽々と跳躍させ、そして、気配に見上げると、あの巨大な体が私たちの真上に落ちてきた。十名には及ぶだろう、我々の仲間は声を出す間もなく、その足の下に絶えたのだ。やがて、奴は我々の戦車を、十八式機動戦闘車をあの両腕で持ち上げ、そして投擲してしまった。
「何を言ってるんだ……」
 ようやく震えはおさまりつつあった。状況はわからない。わからないが、あの化け物から遠く離れたことはわかる。目を閉じないように見開こうと試みた。瞼には、あの巨影が焼き付いてしまっている。眠りたいが、これからしばらく眠ることはできないだろう。
「きみは。どうやって」
 いや違う。何を問えばいいのか、迷う。
「きみは、その」
 両手を広げる。それがあることを確認した。生きている。私は何故か、生き残った。遠くに影が立ち上がっている。あれは。あれこそが。
「ひみつ」
 その女は立ち上がってそう言った。いくつだろう。かすれのない、若い声だった。
「私たちは正体を明かせない」
「わたし、たち? 他にもいるのか」
「それもひみつ。微妙に言っちゃったけど」
「きみたちは、何をするつもりなんだ?」
「なんだろう。強いて言うなら、鬼退治」
 しゅりはついさっきまで、超獣ギガと交戦していた対岸を見つめていた。動作を再開した超獣ギガがいる。その姿が見える。天に向かって叫んでいた。
 しゅりの表情はわからない。しかし、朝を始めた太陽がその細身のシルエットを浮かび上がらせていた。
 あいつは私たちがやっつける。やっつけられなかったら、捕まえてくる。
「じゃあね」
 振り返った花岡しゅりは、ちらりと微笑み、そしてピースサイン。それから、足を開いた。姿勢を落とす。屈めた上半身を左へひねった。進行方向を向く。体重を左膝に乗せた。そのフォームは短距離走でのスタンディングスタートによく似ていた。
 ふう、と大きく息を吸う。それを吐き出す。行く先を見定める。左眼が光る。解放します。
〝鈴音一歩(すずのねいっぽ)〟
 そして、彼の視界にいたはずの、花岡しゅりは消失していた。

 一方、しゅりが離れていた対岸には、波早風が到着しようとしていた。すぐ先に咆哮するモンスターの巨影を睨んでいた。壁が動いているのではないかと思うほどに巨大だった。体長五メートル程度という予測だったが、おそらく、それ以上のサイズに見える。地上に生きる生物では、歴史上、最大だろう。
 でも奴はこの星の進化の歴史には含まれない、進化外生命体。いよいよ波早が会敵する。その直前には立ち上がる獣。天に向けて放たれた叫び声に港湾地帯そのものが震えている、束の間、着地した爪先に振動が伝わってくる。
「隊長! 武器を!」
 インカムに声を放つ。頭上から聞こえる銃撃。花岡しゅり、戻ってきたか。俺もここにやってきた。すぐに鳥谷もやってくる。
 さあ、解放しよう。これから始まる恐怖から、人類を解放するんだ。俺たちの力で。
 踏み締められてひび割れた、その足元近くへ着地して、波早は真上へ跳ね上がった。その巨体を駆け上がるかのようにして、超獣ギガの遥か頭上へ体を捩じ込ませてゆく。きりもみながら、真上へと突き刺さってゆく。
 そして、手を合わせた。詠唱を始める。
「天よ地よ。この光の源なるお天道様よ。我が心体、いまひとたび、この世の理すらも欺くことをお赦しください」
 目を閉じた。周囲の真新しい空を吸い込む。体内に閉じ込めた酸素をすべて吐き出して、解いた右手が左の胸の心臓部の真上を叩く。
「解放する」
 告げる静かな声。目を開く。右手の甲に浮かび上がった黄金の五芒星。いよいよ、波早もその超法術を使うときが訪れたのだ。鍛えられた上腕二本が解き放たれる力によってさらに肥大化する。それに伴って肩の筋肉が上へ尖る。上顎、下顎、二本ずつの犬歯が口内に収まりきれず露出した。この世界を睨む一対の眼に血が集中していた。ほとばしる光。それを閉じる。
 固く握り合わされた、両の拳。胸の前でそれを重ねた。そして、それを捻る。深呼吸。
「行くぞ」
 再び開かれた目から放たれる閃光。

〝鬼腕力王(きわんりきおう)〟

 制限を解放したヒトは獣に還る。いま、彼はヒトを超えて獣に戻る。上昇しようとするその体を掴もうと伸ばした、超獣ギガの手のひらを波早の拳が撃ち抜く。小さくとも確かに空洞をつくる。弾けて飛び散る血肉。その反動から叫ばれる咆哮と、超獣の角に向かうかのように鳴る雷光。速度を落とした波早は、超獣ギガの鼻先を爪先で蹴り上げて、空へと跳躍を続けた。

 同時刻。文月たちバックアッパーが戦況を見守っている対岸。その指揮司令車。

「心拍及び体温急上昇。波早が能力を解放しました」
「すでに会敵、交戦しています」
 モニターを睨む若きオペレーター二名。雪平ユキと高崎要。ふたりは同時に指揮官である文月へと視線を送っていた。ふたりは親指を立て、かすかに笑みさえも浮かべていた。
「さあ、攻撃しよう。小日向さん、出番だ」
 指揮司令車の外では、指揮を執る文月が反撃を開始した自軍を誇らしげに見つめている。
 行こう、花岡。僕たちの番だ。双眼鏡では、肉眼では、追いきれない。捉えられない。しかし、遥か対岸では、超人たちが超獣を追いつめているだろう。僕はそのことを知っている。
「波早さんっ!」
 超獣ギガが巨大なその腕を伸ばしても、例え、跳躍をしたにしても届くはずのない上空から、その声が飛んできた。自らを見下ろしているのだろう、その声と、その存在に気づいたモンスターが上空へその両腕を広げ、新たな声を撃つ。
 しかし、ヒーローは再び戦場に戻ってきたのだ。そこには友がいた。これから数多の戦へ向かうことになる、友が笑顔を浮かべて手を伸ばしていた。
「花岡しゅり!」
 波早はその手を伸ばす。
 少し未来の、眼下に見下ろすモンスターの頭部へと、花岡しゅりは、この日、三度めになる機関銃を放った。遠く真下のアスファルトに、跳ね上がって、連続して落ちる、真鍮の空洞。
「覚悟しろ」
 しゅりは叫んだ。
 人と人以外の、もうひとつの可能性であった、進化外生命体の戦闘は続く。いま、攻撃を仕掛ける彼女の視線には、倒れかけた超獣の折れた背中の向こうに、新しい日さえも捉えていたのだ。

つづく
artwork and words by billy.
#創作大賞2023


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