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「夜叉神峠の亡霊」〜甲府ステーションホテル〜4

眩しい陽射しがカーテンの隙間から射していた。部屋の埃が、差し込んだ陽射しの強い太陽光に、まるで群がるようにうねうねと密集している微生物のようだ。エアコンが相当に効いていたから真夏ということを一瞬忘れた。
ビジネスホテルのツインルームで村田は腕を組んで眠っていた。私と言えば、酷く気持ちが悪く、ヨタついた足取りでユニットバスの便器に頭を突っ込んで、昨夜に摂取した茶色い水分をしこたまぶち撒いた。
喉が痛い。胃酸が信じられないほど苦く、うがいをすると水が甘く感じられ、その味がしばらく舌先に残った。
ベッドに戻る時、硬い絨毯に潰れたビールの空き缶が散らばり、レッドなる破格の安さを誇るウイスキー瓶が一本転がっていて中身はしっかりと空になっていた。頭痛の根源だ。
時計は5時を少し回っていた。
私はカーテンの隙間を丁寧に塞いだ。
もう少し頭痛と身体の怠さを取り除くには眠りが必要だった。
口が粘ついていたから、風呂の蛇口から直接水を飲んだ。
16歳とはいえ、私と村田は中学生の頃から、こっそりとよく飲んだ。
もちろん、今日ほど飲んだことはなかったから
重たい二日酔いに恐怖すら感じた。
だが村田は腕を組み、まるで武将のような堂々とした寝姿だ。
安物の薄い枕に頭を乗せただけで、ズキズキと痛みが脳まで響いた。
熱を出して寝込んでいると、母が麦茶とヨーグルトを何も言わずに持ってきてくれた。家を出て、まだ24時間しか経っていなかったが、金沢から随分と遠くに来てしまったような気がして寂しくなった。これがホームシックというやつか。私は無性に恥ずかしくなった。
自ら家出をしておいてホームシックとは、なんとも情けなかったからだ。
私はまた新しい恥を覚えてしまった。
ホテルは偽名を使ってチェックインができた。
もちろん住所も出鱈目だ。
本名だと家出が発覚した時、足がつくからだが、偽名でも問題がないのだと知った。
だが長居は禁物で、早くホームセンターに行き、必要な道具を揃えなければならなかった。
焦る気持ちとホームシックを抑えてまた眠りに落ちた。
フロントからの電話で目が覚めたが、身体はまだ酒に侵されていた。村田が受話器を持ち上げ、「はい、はい、ではあともう1日」と言った。まさかの二日酔いによってチェックアウトのできない状況。
2人はまた眠りに落ちた。
身体から酒が抜けたのは、ほとんど夕方だった。2人は腹が減ったので、散歩がてら駅周辺の牛丼屋に入り胃袋に入れるだけ入れた。
ホームセンターを調べてみたが、駅周辺には見当たらず、25キロほど西へ行くとあった。
これはかなり面倒だった。
しかも、もし夜叉神峠が私たちのイメージとかけ離れていた時、もう一度プランを練り直さなければならない。一度、身軽な状態で行ってみて、本格的に気に入ればホームセンターに改めて行くことにした。
我々はホームセンターを諦め、次の朝、日の出と共にホテルを後にした。

いざ、夜叉神峠だ。












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