見出し画像

「低学歴コンプレックスの黒い思惑」

私は紛れもなく純度100%で、不純物なしのクリアーなマヌケである。
その透明度たるや、地中海のランペドゥーサ島に匹敵する勢いを持っていると自負している。

さて早速だが、私は超学歴コンプレックスだ。敢えてさまざまにあった事情はここでは割愛させていただくが、私の最終学歴は中学校だ。
高校には進んだものの、敢えなく2年の初夏にクビになった。

だから社会に出たのは16歳だ。
そんな私が、社会から学び、経験してきたことは、自分で言うのもなんですが、かなりレアな体験ばかりだ。社会に出て10年ほどで、今のお店を立ち上げ、さまざまなお客さんに恵まれた。今では学歴コンプレックスも忘れ、高学歴の皆様が常連として来店するようになった。

コンプレックスなんぞ、まったく発動しなくなり、最近では今のように自ら進んで告白するまでになった。だが、それも最近のことである。

あれは、2年前のことだった。
超がつくほどの大金持ちのお客さんからおもしろい話を聞いた。
彼曰く、最近若者たちに対する教育を考えはじめていると言う。教育がすべてではないだろうか?彼はそう言って、自分は教育に目覚めてしまい、この間大学を買ったのだと言った。

え?

だ、大学って買えるの?と、ツッコミながら、それは素晴らしいですね!なんてお話を進めていた。

彼ならそんなに驚くことではない。
そして同時に彼らしいとも思った。
人間性も温厚を絵に描いたようで、勤勉で知性も溢れるとても素晴らしい男だ。

私は、彼の教育方針や新しく書いた論文のこと、大学での方向性について真剣に耳を傾けた。それを聞いているうちに、私の内から、しだいにじんわりと込み上げてくる黒いモノがあった。

「学歴が手に入るかもしれない」

その自分の意識に気がついてしまってからは、まともな気持ちで彼の話を聞いてはいられなかった。私は毎秒ごとに黒く染まるのがわかった。もう学歴コンプレックスを感じなくて良いのだ!!知らなかった。自分がこんなにも、この思いを封印していたなんて。

「大倹を受け、受かった暁には、彼の大学にコネでもなんでもいいから入れてもらえないだろうか?いや、気のいい彼ならばきっと」

私の邪悪な裏口入学プランが、誰にも気づかれることなく静かに始まった。

自分のあざとさを悟られてはならない。
もう気分は大学生だ。キャンパスライフだ。
専攻はやはり文学部だろうか?
いや、心理学も捨てがたい。
よし!彼を口説いてみせる!!なんとしてでも。

私は、彼に少し強めの酒をごちそうした。
彼も、心地よくそれを受けいれ喜んでグラスを傾けた。よし、もう今日きめてやる!
今日、しっかりと約束を取り付けよう!
そして毎日のように喜びをLINEで伝えて、うっかり忘れていたなんて言わせないようにしてやる!心配ない。彼は必ず約束を守る男だ。
彼を知るものなら全員知っていることじゃないか。
そしてその時を迎えた。
彼はいくらか気分良く酔った。
もう断れない、断らせない!!
私は意を決して満面の笑みを浮かべて言った。
「あのさ、あなたの大学に入れてもらえないかな?」
心臓が飛び出るかと思った。
すると彼は嬉しそうな表情をみせ、これを快諾してくれたのだ!!
私は思わず息を呑み、絶句した。
ジワリと少しだけ体温が上昇していることがわかった。感動とか緊張とかの部類ではない。
これは間違いようのない興奮を超越した歓喜だ!

過去の忌まわしき記憶が、ガラガラと崩壊していく。あの頃は勉強なんぞクソの役にも立たなかった。それは事実だが、店を始めてわかったことがあった。基礎勉強の大切さ、大学時代の仲間たちと旧交を深め合う姿にとてつもなく憧れてしまったことを。

もうすっかりおじさんになってしまったから、友達を作るのは容易ではないが、少なくとも大好きになった勉強ができる、その喜びに震えているのだ。

私は彼に念を押す!
「これは冗談ではなく、酒の勢いでもなく、本当の約束ですからね!」

彼は何度も何度も笑顔で頷いてみせた。

まずは大倹だ!地元の中学に行かねばならない。店はどうする?勉強の時間はどこから捻出する?多少の睡眠不足も仕方がないな。
スタッフもお客もきっとわかってくれる。

頭の中で、試験までのざっくりとしたプランが練り上げられていった、その時、彼は言った。

「しみちゃん、女子大だけどいーの?」

開いていた毛根が一気に塞がり、身体が急に冷たくなり、寒気が襲った。

それでも、震えながら何か手はないものか?と巡らせてみるが、考えるまでもなく、私が女になるほかないのであった。

私の大学の裏口入学プランは、敢えなく閉ざされたのだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?