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連載小説 「一瞬を切りとる」③

青梅駅で特急快速に乗り換え、3人は奥多摩へと向かった。途中、ふと顔を上げると、豊かな自然とハッとするような青空が目に飛び込んできた。東京とは違う景色が、車窓の向こうに広がっていた。

奥多摩駅に着くと、3人はお目当てのキャンプ場へと足を運んだ。

都心のビルの何十倍もの高さがある山々を遥か向こうに見留めながら、大きな鉄橋を渡った。栞生には、自分の足元の地面までが広くなってしまったように感じられ、顔を殴りつける風に吹き飛ばされてしまうほど、自分がちっぽけな存在に思えた。

鉄橋の下にある、河原と森の一帯が、予約していたキャンプ場だった。

バーベキューのレンタル品を入り口で借りて、3人は森へ入った。木でできた屋根に、吹き抜けの空間が、今日のキャンプ会場だった。既に何組かの来客が、所々すすけて灰色掛かった長イスに腰掛け、バーベキューを楽しんでいる。

「よっしゃ。やるか」

貫一が、手早く準備をしてくれる。炭を燃やすと、食材を手早く切り始めた。

栞生と礼央が感心して見ている内に、あっという間にバーベキューが始まった。貫一はちゃっかりお酒まで持ってきていたようで、3人は、それぞれのお酒を手に取って、乾杯をした。

「栞生はさー、カメラ上手いじゃん?将来プロのカメラマンになるわけ?」

貫一が会話を切り出した。栞生は、グレープフルーツの酎ハイをクビっと飲み込むと、「そうなったら良いけどねー」と答えた。

「そうなったらって。カメラ、サークルでもゴリゴリにやってるんだろ?」

栞生は大学で写真を学びながら、サークルにも入っていた。自分自身、カメラの活動に関して、手を抜いているつもりはなかった。

「そうだけど、プロになろうと思ったら、やっぱり有名にならないとね。大きいコンテストとかで優勝すれば、わからないかも知れないけど」

「そうか」

貫一が、「礼央は?」と聞いた。栞生は、首筋がスッと冷たくなるのを感じた。1ヶ月半前の、食堂での彼女との会話が脳裏に浮かんだ。

「んー…」

案の定、礼央は歯切れの悪い様子で、じっと鉄板の上のお肉を見つめていた。栞生は一瞬、どうしたものかと思った。しかし、沈黙が数秒続いた後で、口を開くことにした。

「まぁさ、将来のことなんて人それぞれじゃない?それより、貫一の学部ってどんな感じ?」

「おー、まぁ、うるさいやつが多いかな。起業したいってやつも多い」

「そうなんだ」

貫一の友人の愉快な話を聞くうちに、礼央の表情が柔らかくなってきたのを見て、栞生はホッとした。バーベキューをしばらく楽しんだ後、河原に行こうという話になった。

森を出ると、広々とした河原のその奥に、大きな木々が青々と生い茂っていた。その手前には、広さ15メートル程の河が流れている。その流れは早く、ゴウゴウともサーサーともとれる音が、耳に入ってきた。

靴を脱ぎ、素足を河の流れの中に浸す。ヒンヤリと、水の冷たさが心地良く感じられた。

気がつくと、栞生は目を閉じていた。吹き抜ける風が顔を撫で、流れる水が足を冷やした。初夏の気持ちが良い陽光の中で、栞生は時間の感覚を忘れていた。

「気持ちよさそうだな」

貫一の愉快そうな声が聞こえる。

「気持ち良い」

「音、聞こえるか?」

目を開ける。ゴロっとした丸石が、河の向こうにまで広がり、眼前には大きな河が流れていた。

「聞こえる」

「サーってな。河のせせらぎ。ホワイトノイズだ」

貫一の方を見ると、彼は既に河に背を向け、森の方に向かっていた。しばらくしてから、離れたところで水に手をつけていた礼央と一緒に、バーベキューハウスに戻った。

片付けが終わると、栞生の立っての希望で、近くの森を散策することにした。栞生は、この日のために、お気に入りの一眼レフカメラを持ってきていた。

「わー、トトロが出てきそうな道!」

森の斜面と木の柵で囲まれた小道を見て、礼央が声を弾ませた。

「なんだそれ」

貫一が呆れたように言うと、栞生もつられて笑った。普段、落ち着いた雰囲気の礼央が、子どものような声をあげているのが、なんだか可笑しかった。

色んなところで写真を撮った。下から見上げると、首が痛くなりそうなほど切り立った山の斜面や、鉄橋から見下ろせる河原のキャンプ場。一本の、背の高い杉は、夕日をバックに撮ると、柔らかで暖かみのある写真になった。

もえぎ橋という吊り橋があると知って、行ってみようという話になった。丁度近くに温泉があるので、足湯だけでも入って行こうかと話していると、礼央がふと口を開いた。

「一眼レフって、やっぱり撮りやすいの?」

「あー、撮りやすいよ。ミラーレスの方が手軽に持ち運べるんだけどね」

「ミラーレスって、いわゆるデジカメ?」

栞生が口を開こうとすると、貫一が「まぁ、デジカメだな。いわゆるカメラの中にミラーが入ってないタイプのカメラ」といった。

栞生も「そうそう」と言いつつ、内心舌を巻いていた。貫一は、本当になんでも良く知っている。

最後に、吊り橋の近くの足湯に入って、帰宅することにした。初夏の足湯は、足に疲労が溜まっていたこともあって、案外気持ちが良かった。

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