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連載小説「一瞬を切りとる」⑥【最終話】

昼食の時間になると、みんなで居間に移動して、ちゃんこを食べた。慎ちゃんの作るちゃんこは、優しいが、しっかりと味が付いていて、とても美味しかった。

食事中、菅親方が栞生に話しかけてくれた。眉が太くて、豪快な印象のある菅親方は、よく喋り、よく笑う人だった。

「慎太郎は、昔からずーっと頑張ってきたんだよ」

しんみりとした様子で、菅親方がそう言った。

栞生は、周りの力士の方々が思い思いに頷いている様子を見て、この言葉は本当なのかも知れないと思った。慎太郎は、神妙な面持ちで、菅親方の話を聞いていた。

最後にお礼を言って、菅部屋を後にした。

それから、大学の授業やサークル活動、写真撮影などに出掛けているうちに、日々は過ぎていった。

礼央は、栞生と被っている授業でも、別の仲の良い友達ができた様子だった。複数人で喋っている礼央を遠巻きに眺めながら、栞生は、寂しいような、安心したような、複雑な気持ちを味わった。

栞生は栞生で、同じ芸術学部の友達と、専門以外の授業も受けるようになった。栞生は、礼央と離れたのは寂しいような気もしていたが、これで良かったのだと思った。

秋が来て、慎太郎から「復帰戦に来てよ」という連絡が来た。栞生は、お気に入りの一眼レフカメラを引っ提げて、慎太郎の試合を見るために、両国国技館へと向かった。

会場の中は、ほとんど人で埋まっていたが、ちらほらと空席もあった。栞生は、予約した前から3列目の席に座り、カメラを手に試合の開始を待った。

試合は、順調に進んだ。慎ちゃんの試合は、3番目だった。呼出の方が土俵に上がった。

「東ぃぃーー 関ぃぃーーー!!!」

慎ちゃんが土俵に上がる。栞生は、ズッシリと重いカメラを構えると、シャッターチャンスを待った。

両者が土俵上で睨み合う。行司の合図で、2人が勢いよくぶつかった。

栞生は、その瞬間を撮りこぼさないように、素早くシャッターを切った。彼の生き様を、見逃してしまわないように。

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