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①農業×気候変動の未来を救う?ー「バイオ炭」の可能性に迫るー中編(農業と大気汚染)

(※2023/5/23:記事が長すぎると指摘を頂き3つに分割しました~)

前編:①「バイオ炭」の可能性に迫る-前編(社会課題編)
中編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー中編(農業と大気汚染編)
後編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー後編(気候変動編)

ここからはバイオ炭のメリット、注目される理由について紹介したい。全部で3つだ。

  1. 土壌改良

  2. 大気汚染の抑制

  3. 気候変動対策

バイオ炭注目の理由①~農地の土壌改良

まずは農地に直結する部分から始めよう。
土壌改良剤としての炭の利用は、古来から行われてきた。

日本最古の農書「農業全書」(1697年)にも、炭や灰を用いた記述もあり、欧米でも同様の記録が残っている。

しかし、近年、バイオ炭への注目が集まる中で、農業利用に関する学術論文も急増している。

農業におけるバイオ炭の効用は多岐にわたる。1)単収の増加に始まり、2)土壌の保水性・透水性の向上、3)土壌微生物の繁殖促進、4)窒素溶脱の低減、5)重金属の吸収抑制、6)酸性土壌のアルカリ化、、、、など様々なメリットがある。

一つずつ見ていこう。

1)収量改善

最も分かりやすいメリットは、収量の改善だ。単位面積あたりで収穫できる作物が増え、農家にとっては収入が向上する。

収量が向上する点から、肥料と混同されがちだが、注意が必要だ。バイオ炭自体は、肥料の三大成分のPNK(リン、窒素、カリウム)は含んでいない。そのため有機肥料・無機肥料を問わず、肥料の代替と捉えると誤解を生んでしまう。

バイオ炭は、あくまでも土壌改良剤であり、直接的に三大肥料成分を付与するものではない。

しかし、後述する土壌微生物の繁殖、保水力の向上・水質浄化、窒素溶脱の軽減、土壌のアルカリ化などにより、結果的に収量増加に繋がっている。

世界中で様々な学術的な論文が発表されており、肥料を減らしながら収量を向上させた結果を発表しているものが多い。もちろん、農業のため、農地の特性、気候、対象とする作物により結果は大きく異なるし、バイオ炭の原料、製造方法によっても異なる。

例えば、鳥取大学がウガンダのマケレレ大学と共同で行った研究では、「化学肥料を通常の1/2量にしてもトウモロコシの収量が25%以上向上した」事例が報告されている。

https://www.saa-safe.org/news/news.php?nt=3&vid=427&lng=jpn

他にも、色々な作物で肥料の投入量を減らし単収を増加させた研究事例は多く多く発表されている。

化学肥料の投入量を減らす事は、環境への負荷を下げるだけでなく、農家の経済的な負担を減らすことになる

2)土壌の保水性・透水性の向上

次は水。炭は多孔質体で表面積が広く、保水性が高く、かつ容気量も大きい。
農業には水が不可欠だ。耕作地面積が増やせない理由の一つに水資源の枯渇があげられる。

分かりやすい例はエジプトの稲作だろう。
乾燥・砂漠地帯の広がるエジプトにおいて、灌漑設備がなければ水稲栽培は行えない。エジプトは1970年にアスワンハイダムが完成し、干ばつの問題から解放される。ダム完成後に多くの農地が作られ、2000年代にはコメの輸出も拡大する。
単収は世界でもトップクラスの1haあたり10トン台に達するが、しかし、2008年をピークに稲作の生産は減少していく。

エジプト農業の水源はナイル川に依存している。ナイル川の水は上流の他の流域国と分かち合うべきものだ。1970年後半時点で既に割当量を超過した水を使用している。エジプトの水消費の86%は農業用水とのことだ。
エジプトの食糧供給は、ナイル川の水の効率利用と同義である。

バイオ炭が土壌の保水性や透水性を上げる研究は多く発表されている。こちらに一つ紹介しておく。

3)窒素溶脱の軽減

お次は土壌の環境汚染につながる窒素。化学肥料の中でも、窒素肥料の環境汚染が多く取り沙汰されている。

窒素は大気中に安定して多く存在している。近代農業は窒素肥料とともに始まったと言っても過言ではない。

以前の記事で紹介したように、ハーバーボッシュ法が発明され、空気中から窒素を取得することができた。人工的に窒素成分を得た人類は、単位面積当たりの収量を劇的に増加させ、近代の人口増加につながった。
結果、20世紀初頭には16億人に過ぎなかった人口が、20世紀末に60億人、さらに20年後の現在は80億人を超えた。化学肥料により自然界が本来有する製造能力を急激に引き上げる食糧生産を生み出した。

一方で、本来は空気中に固定されていた窒素を無理やり引き剥がし、自然環境に投入したことで、窒素化合物が増加し、多くの環境問題が発生している。
特に、鉱物から作られるリンやカリウムと異なり、空気から大量に窒素を取得して作れるようになった窒素肥料は安価だ。

窒素肥料を過剰に使用すると、地下水中の硝酸イオンが増加し、地下水の汚染を招いたり、一酸化二窒素(N2O)の発生で地球温暖化の原因となっている。
特にやっかいなのが、一酸化二窒素(N2O)である。温室効果ガスの代表例は二酸化炭素(CO2)だが、一酸化二窒素の温室効果は二酸化炭素の実に298倍もある。ちなみに、よく言われるメタンガスは二酸化炭素の25倍だ。

バイオ炭により化学肥料の使用を抑制できれば、窒素溶脱の問題も軽減できる。窒素による土壌環境の汚染を防ぐことに加えて、温室効果ガスの一酸化二窒素の発生も防ぐことができる。

こちらも多くの研究が発表されている。一つ紹介する。

4)重金属の吸収抑制

また、バイオ炭は重金属吸着することが知られている。土壌中の重金属と付着して、重金属が植物や水源に入らないように役立つとされている。

重金属の吸収抑制に関する研究も多い。一つ紹介する。

5)酸性土壌のアルカリ化

一般的にバイオ炭はアルカリ性(pH8~10程度)であり、その施用により、酸性土壌のpHを調節する効果がある。

土壌が酸性に傾くとカルシウム、マグネシウム、リンなどの欠乏が起こりやすく、逆に有害な活性アルミニウムが増える。逆にアルカリ性に傾くと必須栄養素のマンガンや鉄の欠乏が出ます。そのため、最も栄養の吸収率が良くなるpH値に調整する必要がある。

特に、熱帯地方特有の酸性土壌のアルカリ化の効果が期待されている。
ベトナム、カンボジア、インド、東アフリカ、西アフリカでのプロジェクトが多いのはそのためだ。

これらの酸性土壌の土地では酸性化を中和化するために石灰資材を用いることが多い。しかし、投入量を間違えばカルシウムの過剰障害、土壌の団粒構造の破壊(微生物の生きにくい土壌)などの問題もある。
バイオ炭を施用することで、石灰の投入を減らすことができる。

※もちろん、バイオ炭も限界を超えた投入を行えば、土壌を壊してしまう。農作物や土壌の特性にもよるが、一般的には1ヘクタールあたり10トン以下に抑えるべきと言われている。
現実的には比重の軽いバイオ炭。10トンも入れるのは相当な労働作業となる。。

上記の6つが主に農業土壌への効用となる。

バイオ炭注目の理由②~大気汚染の削減

次は、視点を変えて大気汚染を防ぐ役割について

バイオ炭の原料は、森林資源、農業残渣、家畜の排せつ物など様々だ。ヨーロッパでは森林資源を活用する例が多いが、東南アジア・アフリカ・インドなど熱帯地域では農業残渣の活用が進んでいる。

現在、農業残渣が引き起こす問題の一つが、大気汚染だ。

昨年1年間、インドを拠点に生活してきた。インドは言わずと知れた世界で最も大気汚染の酷い国だ。特に首都デリーの大気汚染は生命の危機を感じるレベルで悪化している。
※昨年から今年にかけて、インドの大気汚染についてもプロジェクトを模索してきた。インドの大気汚染について語り始めると、それだけで長文の記事になるので、また別の機会に。

https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/aa65d3e8cad476da.html

この大気汚染の主要原因の一つに焼畑農業がある。

デリーの大気汚染は、稲作地帯である隣接するパンジャブ州とハリヤナ州の農民による焼畑農業が主要因の一つと言われている。(それ以外に石炭火力、自動車の排気ガス、祝祭の爆竹なども原因となる)

PM2.5を始めとする大気汚染物質のために、呼吸器疾患・循環器疾患・アレルギー疾患と深刻な健康への影響をもたらしている。

ちなみに、焼畑農業自体は土壌に良いと勘違いしている方も多いが、実際には逆だ。
私も学生時代に、「農作物収穫後に焼き畑をすることで、焼却灰が肥料の代わりになり、さらに償却により害虫が駆除される、伝統的な農法」と習ったので、良いのでは?と勘違いしていたが、実際は逆だ。

確かに焼却灰は土壌に多少の炭素成分の栄養を付加するが、マイナス面の方が大きい。灰に含まれる不純物や有害物質が土に混ざることに加え、土壌を焼くことで、害虫だけでなく、有益な微生物も一緒に殺してしまう。灰成分の栄養価もさほど高くない。

大気汚染の原因になることから、焼き畑や野焼きは各国で法律で禁止されている。それでも野焼き・焼き畑が無くならないのは、労働力やコストの節約の面もある。

稲作を例にとれば、収穫後の稲わらを農地から回収し、適切に処分するのは大変だ。土壌の上で償却しなくとも、集めた稲わらの山を適切に処分するのは難しい。

例えば、タイは2019年に焼き畑農業抑制に向け、213億円の融資スキームを発表している。

https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002405.html

焼き畑・野焼きの問題は、タイやインドに限らず、アフリカや日本でも大気汚染の大きな問題の一つとなっている。

農業残渣を燃やす代わりに、炭を作ることで、焼き畑や野焼きを減らし、焼却で発生する二酸化炭素を削減でき、大気汚染の抑制にも繋がる。


近年、注目されている最大の理由は、地球温暖化、気候変動だ。
こちらは次回へ!

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シリーズ記事一覧
<バイオ炭について>
前編:①「バイオ炭」の可能性に迫る-前編(社会課題編)
中編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー中編(農業と大気汚染編)
後編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー後編(気候変動編)
<カーボンクレジット編>
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(1)クレジット市場の概要
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(2)VCMの方法論を探る
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(3)VCM主要プレイヤーを知ろう

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