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①農業×気候変動の未来を救う?ー「バイオ炭」の可能性に迫るー後編(気候変動編)

(※2023/5/23:記事が長すぎると指摘を頂き3つに分割しました~)

前編:①「バイオ炭」の可能性に迫る-前編(社会課題編)
中編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー中編(農業と大気汚染編)
後編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー後編(気候変動編)

前回までに、農業土壌の観点、大気汚染の観点を述べた。
最後は、気候変動だ。

バイオ炭注目の理由③~地球温暖化防止(気候変動対策)

最後に、近年最も注目されている理由は、「気候変動対策」だ。

農業残渣を炭化して活用する例は以前から存在している。代表例は、調理用の木炭の代用となっているブリケットだろう。

調理用の炭(ブリケット)との違い

バイオ炭とブリケットの大きな違いは、バイオ炭は燃やさずに土壌に貯留することに対し、ブリケットは燃焼用に活用することだ。

ここ10年、アフリカではブリケットが大きな注目を浴びてきた。

アフリカ地域では、現在でも多くの過程で、木炭や薪が調理用の主要熱源となっている。特に、都市部の低所得者居住区では、電気を引いたり、ガスを購入するお金がなく、都市部のため薪も手に入らない人たちが、木炭を使っている。

農業残渣・食品残渣から作るブリケットは、森林資源を伐採して作る薪の代替になるだけでなく、燃焼時の二酸化炭素などの有害物質を抑える事ができるため、注目されてきた。

私が住んでいたウガンダでも、Green Bio Energyを始め、複数のスタートアップがブリケットの製造販売をしているし、
アフリカで起業する日本人起業家でも、モザンビークのVerda Africa、タンザニアのDaraJapanなどがブリケットの製造販売をしている。

一方、バイオ炭は燃やさずに土壌の中に貯留するものだ。
二酸化炭素の削減の観点からすると、含まれている炭素を全て土壌に戻すため、温室効果ガスの削減効果が高い。

ここが近年の温暖化対策で注目されている点だ。

「炭素回避」と「炭素除去」

温室効果ガス削減には大きく2種類ある。「炭素回避・削減(Carbon Avoidance/Reduction)」と「炭素除去・吸収(Carbon Removal)」だ。

炭素回避とは、大気中に放出される炭素を防止する活動をさす。一方、炭素除去とは、大気中に放出された炭素を吸収することで除去する活動だ。

炭素回避の例は、

  • 森林の保全と管理: 森林破壊を止め、二酸化炭素の排出を避ける。

  • 再生可能エネルギー 再生可能エネルギー:再生可能な電力インフラを通じて、地域の電力網の脱炭素化に貢献し、GHG排出を回避する。

  • 燃料転換:二酸化炭素排出量の少ないエネルギー源を使用し、二酸化炭素排出量を削減する。

  • 家庭用機器: 効率的な調理器具の使用により、毎日の調理に必要な薪の量を減らし、森林破壊の抑制に貢献する。

  • 廃棄物管理: 廃棄物処理:廃棄物処理で発生するメタンを埋立地で回収し、クリーン燃料に転換して化石燃料の代わりに地域社会の電力を供給する。

などがある。上述のブリケットは炭素回避の一つだ。

一方、炭素除去の例は、二つに分かれる。技術的な除去、自然に任せた除去に分かれる。

自然に任せた除去は、

  • 植林・再植林

  • 耕作地管理

  • 泥炭地の修復

  • 沿岸地域の修復

  • 森林管理

などがある。

技術的な除去は、

  • バイオ炭に加え、

  • CCUS(Carbon Capture Utilization and Storage):発電所やセメント工場、製鉄所など、濃い濃度のCO2が発生するプロセスにおいて、CO2を回収して永久保存したり、メタノールなどの価値ある製品に変換する技術

  • DAC(Direct Air Capture):大気中から炭素を除去する技術

  • BECCS:上記のCCSとバイオマスエネルギーを組み合わせた技術

などがある。

二酸化炭素の排出量を抑える回避(Avoidance)と比べて、二酸化炭素を直接取り除く除去(Removal)は効果が高く、カーボンの質が高いとされる。

この点が、近年のカーボンクレジット市場で、バイオ炭が大きな注目を浴びている点である。

カーボンクレジット市場の発達に伴い、カーボンの質(Environmental Integrity)が大きな問題となっている。バイオ炭は質の高いカーボンと言われている。

2021年頃からバイオ炭プロジェクトが、カーボンクレジット市場で高価格で取引されるようになり、注目を浴びている。

カーボンクレジットについては次回の記事で詳しく取り上げたい。

※【番外編】バイオ炭注目の理由④~水処理

ここまで、土壌に施用する目的としてのバイオ炭を述べたが、別のポテンシャルも紹介したい。

それが、水のろ過資材としての活用だ。

炭が水のろ過(フィルター)として使用されるのは一般的だ。日本でも備長炭や活性炭が使われているのをよく見るだろう。

炭は多孔質で、表面積が大きい。そのため、炭を通過する過程で不純物を除去する性質を持つ。バイオ炭も炭のため同様の性質があり、家庭用飲料水のフィルターに使われるケースがある。
清潔な飲料水へのアクセスが低い途上国での活用も注目されている。

表面積は、水のろ過能力の有効性を示す指標のひとつとされる。
こちらのUNIDOのベトナムでの報告書によると、もみ殻バイオチャーの表面積は191m2/g、コーヒーもみ殻バイオチャーは70m2/gで、汚染物質に対して大きな疎水性表面を提供するという。

さらに、産業用の廃水から重金属を取り除く面でも注目を浴びている。
バイオ炭は、活性炭を含む従来の廃水処理技術と比較して、製造に必要なエネルギーが著しく低い。バイオ炭の表面吸着と沈殿は、カドミウム、鉛、銅、亜鉛、ヒ素などの重金属の植物への取り込みを軽減することもできます。また、水中の有毒な多価炭化水素や塩素、クロラミン、VOCなどの汚染物質を大幅に吸着することができる。



【気候変動×食糧問題×生物多様性×大気汚染問題】の解決に寄与するバイオ炭

私が過去10年過ごしてきた、ケニア、ウガンダ、インドでは、これらの問題に大きな影響を受けており、かつ解決策も乏しいのが現状だ。

バイオ炭は、

  1. 農業から発生する廃棄物を活用し、

  2. 農業土壌を豊かにし、

  3. 化学肥料を抑え、

  4. 食糧生産を助け、

  5. 窒素や重金属の流出による環境汚染を抑止し、

  6. さらに二酸化炭素、一酸化二窒素の発生も大きく減らし地球温暖化防止にも大きく寄与する。

これだけ見ると、夢のような解決策に思える。
一見、素晴らしい夢の解決策に見えるバイオ炭は、なぜこれまで普及していないのだろうか?

そもそも、バイオ炭は、DACやCCSのような新しい技術ではない。古来より行われてきた方法だ。なぜ、今になって注目されているのだろう?

そこにはカーボンクレジットの存在がある。クレジット創出により経済合理性が出てきたからだ。

近年の気候変動を始めとした環境意識への高まりにより生まれたカーボンクレジット市場だ。近代の資本主義の考えに基づく、短期の経済合理性で考えれば、バイオ炭はそこまでメリットがない。

確かに収量は増加するが、化学肥料を使えば、倍以上になるなかで、手間をかけて大量のバイオ炭を投入しても20-30%程度の増加にしかならない。(長期で見れば土壌は瘦せ細るため、脱化学肥料となっているわけだが)

微生物の改善、保水力の増加などの土壌改良も短期では効果が見えにくい。土づくりの効果は一朝一夕では生まれない。

過剰窒素や重金属、大気汚染の課題も、認識はされているとはいえ、実際に経済と天秤にかけると非常に難しい。
例えば、これらを保存しても農家の収入は向上しない。特に途上国の小農家は、ただでさえ収入が低く、近年の天候不良でジェットコースターのような資金繰りの中で生きている。
地球環境のためと、彼らが生活を犠牲にすることは強いれないし、何の支援もないまま行えば、息絶えてしまう。

このように、サバイバル(生活・経済)と地球環境を天秤にかけて地球環境保全を推進するには、各国の政策に加え、我々消費者の理解、投資家の理解、他セクターの協力が不可欠だ。

その中で、「温室効果ガスの抑制」という気候変動については、カーボンクレジットが誕生し、経済的支援の仕組みが登場した。

当初は、再エネや森林保全などの分かりやすい領域から普及したカーボンクレジットだが、近年のカーボンの質の問題から、ブルーカーボンやバイオ炭などのより本質的な部分への注目が集まっている

バイオ炭のプロジェクトは、カーボンクレジットがなければ採算が合わないのだ。昔ながらの農家が庭先で小さく伝統的な方法(Aritizanal Method)でバイオ炭を作り、少量を施用するもあるが、それでさえも労働に対する費用対効果は合わない(ことが多い)。

まさにここ数年、バイオ炭に対するカーボンクレジット市場のプラットフォームが整備されてきたことで、バイオ炭のスタートアップや商業活動が少しずつ世に出てきた。

ただ一つ申しあげたいのは、気候変動(温室効果ガス削減)以外の環境問題、「自然破壊による生物多様性の欠如」「大気汚染」には、まだカーボンクレジットのような経済的な支援の仕組みはない。

もちろん、各国で大気汚染改善のための補助金やファンドは増えているが、大気汚染によりどれだけの経済的な損失があるかは可視化するのが難しく、気候変動のような国家を超えた議論にはなりづらい。

気候変動分野は、他環境問題に先んじて、ここ10-20年の取り組みで、SBT、IPCC、TCFDを始めとしたイニシアティブで定量化、可視化、啓もうが進んできた。

生物多様性も昨年のCOP15などで注目を浴びている分野だ。SBTn、IPBESやTNFDなどのイニシアティブが動いているが、気候変動よりも遥かに複雑性、地域性が高く、Biodiversity Creditが世界で運用されるのはずっと先になるだろう。

近い将来、大気汚染や生物多様性の議論が今以上に高まれば、バイオ炭はさらなる注目を集めるのではないかと考えている。

さて、今回はここまで。

次回からは、バイオ炭を事業として成立させるのに不可欠なカーボンクレジットについて考えていこう。

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シリーズ記事一覧
<バイオ炭基礎編>
前編:①「バイオ炭」の可能性に迫る-前編(社会課題編)
中編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー中編(農業と大気汚染編)
後編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー後編(気候変動編)
<カーボンクレジット編>
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(1)クレジット市場の概要
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(2)VCMの方法論を探る
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(3)VCM主要プレイヤーを知ろう

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