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①農業×気候変動の未来を救う?ー「バイオ炭」の可能性に迫る-前編(社会課題編)

突然だが「バイオ炭(Biochar)」という言葉を聞いたことはあるだろうか

(※2023/5/23:記事が長すぎると指摘を頂き3つに分割しました~)

<バイオ炭基礎編>
前編:①「バイオ炭」の可能性に迫る-前編(社会課題編)
中編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー中編(農業と大気汚染編)
後編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー後編(気候変動編)

前回の記事から1か月以上あいてしまった。4月頭にインドを出発してから、ケニア、ウガンダ、インドと巡り、少し前に日本に戻ってきた。
ここ最近、東アフリカやインドなどでバイオ炭を活用したプロジェクトの立ち上げを探索している。

ここから数回に分けて、このバイオ炭をテーマに掘り下げていきたい。

第一回目となる本記事では、なぜバイオ炭が注目されているのか、バイオ炭の効能などについて述べていきたい。
※次回以降は、バイオ炭に関するスタートアップ、市場動向、製造手法などについて述べる予定である。

さぁ、まずはバイオ炭とは何者か?見ていくとしよう。

バイオ炭とは何か?

バイオ炭(Biochar)とは、「生物由来の有機物(いわゆるバイオマス)を炭化させたもの」だ。

バイオ炭の原料は、Forest Waste(森林資源の廃棄物)、Agri waste(農業残渣)、家畜の排せつ物に加え、都市排水から出る汚泥を使うものまで様々だ。

バイオ炭自体、新しい技術ではない。農業が誕生した古来から、炭を土壌に入れることで、土壌改良や農作物の成長促進などの恩恵を受けてきた。
しかし、化学肥料を用いた近代農業が普及してからは、土壌改良剤として使われる機会も少なくなっていた。

近年注目される理由の一つが「気候変動」対策だ。地球温暖化の原因となる二酸化炭素を土壌に長期間閉じ込めることで、排出量を削減する「炭素貯留」の文脈から注目されている。
特に、ここ3-4年のカーボンクレジット市場の発展に伴い、バイオ炭の炭素貯留に対してカーボンクレジットを付与できる仕組みが整ってきている。

さらに、バイオ炭への注目に伴い、土壌への効用、環境分野、生態系への影響など、学術的な研究も急増している。

炭もCO2排出するのでは?

バイオ炭の話をすると、「炭も燃えカスなのでCO2を排出しているでしょう?」と聞かれることがある。

バイオ炭に限らず、一般的な木炭でも同じだが、炭(すみ)と灰(はい)は異なる。通常、木材などの炭化化合物(C)が主流の素材を加熱すると燃焼が生じ、周囲の酸素(O)と結合し、二酸化炭素CO2を発生させる。

炭化とは、酸素を遮断した状態で加熱を行うことで、炭化化合物が分解し、炭素分の多い個体が残る。これが炭だ。

2019年改良のIPCCガイドラインでは、「バイオ炭とは、燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度でバイオマスを加熱して作られる固形物」と定義されている。

IPCC:気候変動に関する政府間パネルで、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎・根拠を与える役割を持つ機関


イネのもみ殻から作ったバイオ炭(インド):筆者撮影

世界のバイオ炭の市場は、2021年に1億9248万米ドルとされており、今後、年12.63%で成長し、2029年には4億9846万米ドルに達すると予測されている。(※Data Bridgeのレポートより)

Data BridgeのGlobal Biochar Market – Industry Trends and Forecast to 2029より

なぜバイオ炭?~アフリカの人口増加と食糧問題

バイオ炭自身の説明に入る前に、背景となる周りの社会課題についておさらいしたい。

経済が成熟・停滞し、人口が減少している日本にいると想像し難いが、今後50-100年の世界の最重要課題の一つが食糧問題だ。

気候変動も生物多様性も、雑に括れば、食糧問題に行きつく。
自然環境悪化の影響を最も受けるのは一部の発展途上国や貧困層だ。特に、70億人に膨れ上がった人口を養うだけの食糧生産を安定的に確保できるかが大きな課題となっている。

食糧需要は、「人口」×「一人当たりの消費量」である。世界の人口が増えるのとともに、経済発展により一人当たりの消費量も激増している。

2050年の世界の食料需要量は、2010年と比較して1.7倍になると言われている。
国連人口基金によると2022年11月に世界人口が80億人に達したと発表した。ちなみに、現在の半分、40億人に達したのは1974年。50年も経っていない。ほぼ半世紀で世界の人口は倍になっている。

現在の予測では2100年には100億人を超えると言われている。人口増加率自体は1960年代を境に急速な減少傾向にあるが、増加率がマイナスに転じるのは2090年頃と言われている。

Population growth rate, 1950 to 2100 (Our World in Data)


今後の人口増加の主な原因はサブサハラ(サハラ砂漠以南アフリカ)だ。

他大陸に比べて高い出生率を誇るサブサハラアフリカ。2019年時点の人口は10億6600万人。ここから30年後の2050年には21億1800万人に倍増する。さらに、2100年には約38億人と世界の人口の3割強を占めると言われている。

問題は人口増加だけではない。経済発展で食生活が豊かになることも食糧需要を押し上げている。

良く出される例だが、1キロの食肉を生産するために、牛肉で11 kg、豚肉で7 kg、鶏肉で4 kgの穀物が必要となる。畜産物はカロリー換算での生産効率が低く、膨大な面積の飼料生産用の農地を使用することになる。

このような状況から、2050年段階でも世界の食糧需要は今の1.7倍必要となる。気候変動や土地利用変化等の生物多様性損失への対応を行いながら、食糧生産を向上させていく必要がある。

農業国なのに自給率が低下するアフリカ


55か国あるアフリカの国々の多くで、農業が主要産業となっている。
しかし、農業国であるにも関わらず、自給率の低い国が多く、他大陸から作物を輸入している作物も多い

アフリカ農業の課題については、平野克己氏の「人口革命 アフリカ化する人類」の第四章「人口と食糧」にて詳細に書かれている。
※食糧問題以外でも非常に示唆の飛んだ分析をされており、読み応えのあるおススメの本だ。

食の近代化に伴い、自国では栽培が難しい作物は輸入せざるを得ない。代表格は小麦だ。

これは日本や東南アジアの国も同様の課題を抱えている。近代化に伴い、パン食や麺類が増え、小麦需要は高まる一方、これらの地域は小麦の生産には向かず、海外からの輸入に頼っている。
小麦の生育には、寒い乾燥地が必要で、高温多湿のアジアでは難しい。

例えば、東南アジアでは人口の多い、インドネシア、フィリピンの小麦輸入が突出している。
特にインドネシアは経済発展とともに、2010年代から急速に輸入が増加。2019年にはエジプトを抜いて世界一の小麦輸入大国になっている。輸入元はオーストラリアやカナダとなる。
人口増加と急速な経済発展により、食糧需要が急増するアフリカ。

現在、アフリカの土壌には、その食糧需要を賄うだけの余力がない。
主要作物の穀物だけをとっても輸入が急拡大している。

上記の「人口革命 アフリカ化する人類」の4章より引用

他地域が、耕作地面積を減らしながら単収を上げることで全体的な収量を上げてきた一方で、アフリカはこれまで耕作地面積を増やすことで収量を上げてきた。過去30年、インドでは単収の増加により133%の生産性の向上を達成しているが、サブサハラアフリカでは、全体の収量は3倍になっているが、単収増加からの貢献は30%であり、耕作地面積を広げることで賄ってきた。

上記の「人口革命 アフリカ化する人類」の4章より引用

耕作地面積を増やせないとなると、単収(耕作地面積あたりの収量)を上げるしかないのだが、当然ながら、過去数十年、世界各国で、アフリカの収量増加に対する技術支援は多く行われてきた。まだまだ世界平均と比べて低い。

上記の「人口革命 アフリカ化する人類」の4章より引用

東南アジア、南アジアは、「緑の革命」と呼ばれる農業革命を通して単収を大幅に増加させてきた。それは科学技術の賜物であり、つまり、化学肥料や農薬の使用、農業機械化で実現させてきた。

緑の革命の発祥地、インドを例にとる。

1943年にベンガル大飢饉で稲作地域が大きな被害をうけ、1960年代の大干ばつで小麦不足が深刻化。1960年代を通して、PL480援助の4割がインドとパキスタンに投入された。

例えば小麦については、1964年にロックフェラー財団での小麦高収量品種の試験栽培の結果、一気に収量が増える。インド政府は農学者主導で農政を構築し、新農法を普及した。1960年後半から小麦の単収が年率3.6%、パキスタンで3.2%と驚異的な伸びを示すようになる。

「人口革命 アフリカ化する人類」の4章より筆者まとめ

では他地域の化学肥料の使用具合はどうなのか?

まず、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ロシア、ウクライナなどで単収が高いのは化学肥料よりも、広大な耕作面積を使った機械式農業であり、土地の生産性よりも労働生産性の改善で達成している。

次に、ヨーロッパは、1980-1900年代に農産物を出来るだけ作る輸出振興方針から環境保全にシフトしている。
先駆けとなったイギリスは1987年にESA導入で農政転換を図っている。価格補助金や輸出補助金の廃止、休耕奨励、化学肥料の使用制限。輸出振興から環境保全へシフトした。このイギリスの政策が1993年にEUの共通農業政策になり、EU全体で化学肥料投入が減少していく流れとなった。

このように環境保全の中で、化学肥料の使用は徐々に制限されている。地球環境にとって悪影響なだけでなく、農業土壌にとっても持続可能ではない。(以前に書いたNoteでも紹介している)

また、サブサハラアフリカの土地は、人口増加に伴う耕作地の拡大以外にも、過耕作、過放牧により、全耕地の65%が劣化していると報告されている。(FAO

つまり、アフリカは、急増する食糧需要を、「気候変動リスクに対応しながら、耕作地面積を増やせず、化学肥料を用いない制約を課しながら、大幅な単収増加をする」非常に難易度の高い課題に向き合っている。

アフリカで食糧問題が深刻化すれば、経済破綻、治安の悪化に繋がり、他大陸にとっても大きな影響を及ぼす。

これが、国連やEUを始め、世界各国の機関が農業への投資・支援に力を入れているのは理由である。

バイオ炭は、化学肥料の投入を減らしつつ、土壌の劣化や環境汚染を防ぎつつ、収量を増加させる資材として注目されているのだ。

もちろん、農業は自然相手の複雑な要因が絡み合った活動だ。バイオ炭だけで全て解決されるわけではない点は注意したい。

ここからはバイオ炭のメリット、注目される理由について紹介したい。
以下3つについて詳しく述べたい。

  1. 土壌改良

  2. 大気汚染の抑制

  3. 気候変動対策

続く


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シリーズ記事一覧
<バイオ炭について>
前編:①「バイオ炭」の可能性に迫る-前編(社会課題編)
中編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー中編(農業と大気汚染編)
後編:①「バイオ炭」の可能性に迫るー後編(気候変動編)
<カーボンクレジット編>
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(1)クレジット市場の概要
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(2)VCMの方法論を探る
②バイオ炭の未来を握るカーボンクレジット-(3)VCM主要プレイヤーを知ろう


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