【2024年ベストアルバム】 #5『Joni Mitchell Archives, Vol.4(1976-1980)』ジョニ・ミッチェル
今年聴いたアルバムの中から、2024年の私的ベストアルバムを数枚選ぶ【2024年ベストアルバム】。5作目の本作が最終回。
ジョニ・ミッチェルのアーカイブシリーズの第4弾『Joni Mitchell Archives, Vol.4: The Asylum Years (1976-1980)』です。CD6枚に刻まれた歴史に埋もれたジョニとジャズとの遭遇の歴史です。
『Joni Mitchell Archives, Vol.4: The Asylum Years (1976-1980)』(6CD)
ジョニ・ミッチェル アーカイヴ ボックス第4弾
Joni Mitchell
価格(税込) : ¥14,300 発売: 2024年10月23日
フュージョンからジャズへ
『Joni Mitchell Archives, Vol.4: The Asylum Years (1976-1980)』は2024年10月にリリースされ、自分は映画監督キャメロン・クロウによるインタビュー読みたさに国内盤を購入しました。
クロウはローリング・ストーン誌の記者だった頃からジョニのことを書いており、現在は彼女を題材にした映画を進行中とのこと。
ジョニの活動を大まかに、初期からフォーク期、フュージョン期とすると、今回のアーカイブVol.4は次のジャズ期と呼んでもいい時期の発掘音源集となります。(本作のみCDとなります)
具体的には1976年の『逃避行(Hejira)』から『Don Juan's Reckless Daughter』(1977)、『Mingus』(1979)、『Shadows and Light』(1980)までの時期のアーカイブとなります。
ジャズ期はこの時期に公私共にパートナーでもあったジャコ・パストリアスの色が濃厚で、何れの作品にもジャコ・パストリアスが参加しており、『Hejira』以外は全面的な参加となります。
CDは6枚で前半の3枚は『Hejira』制作まで、後半の3枚はジャコ・パストリアスとの共同制作期間の音源となります。
今の自分のジャズへの興味はジョニが切り開いたと言っても過言ではなく、ドキドキしながらこのお宝音源に聴き入りました。
ローリング・サンダー・レヴュー
1976-とありますが、実際には1975年のボブ・ディランの「ローリング・サンダー・レヴュー」に参加したパフォーマンスから本作は開始します。
このツアーはマーティン・スコセッシが映像化していて、「ローリング・サンダー・レヴュー: マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説」はNetflixでも鑑賞できます。
この時期、既にLA ExpressらジャズミュージシャンとフュージョンAORをやっていたジョニには彼らとの演奏が不満なのか、ミック・ロンソン、Tボーン・バーネット、ロジャー・マッギンなどを「彼らがやっていたのは、私のスタイルの音楽ではなかった」と辛辣に語っています。
「Hejira」に収録された名曲Coyoteは「ローリング・サンダー・レヴュー」中に書かれました。
歌詞の内容は、彼女がツアー中に知り合い、不倫関係となる俳優サム・シェパードとの関係を描いています。
ゴードン・ライトフット宅でディランとジョニがCoyoteをデュエットする映像は、Netflixの「ローリング・サンダー・レヴュー」でも観れます。
1975年11月のレヴューの公演ではA Case of You(Disc 1 .7)を、メンバーに演奏指導する様子も収録されました。
1974年から76年のジョニ
ジョニは1974年リリースの『Court and Spark』より突如ジャズフュージョングループLA Expressを起用して、フュージョン路線に舵を切ります。アルバムは2位と彼女最大のヒットとなり、AORを先取りしたフュージョン・ポップサウンドは時代を席巻したのです。
同年にはLAExpressを起用したライブ『Miles of Aisles』も 2位のヒット。
そして、この時期は75年11月に『The Hissing of Summer Lawns』をリリースした直後にあたります。
「夏草の誘い」という邦題のこのアルバムは凄く好きな作品ですが、プリンスにも影響を与え再評価されます。
ここでの聴き物はライブでの再現が難しいと思われたJungle Line(Disc 2.16)の貴重なライブ音源です。
1976年11月に『逃避行(Hejira)』をリリースするまでの1年間は、全米を車で旅して各地を訪れており、「ローリング・サンダー・レヴュー」も合わせて、旅の中で新曲を書き溜めたのです。
Hejira
Dics 2には1976年1月から開始した全米ツアーの演奏が収録されますが、ここで1976年11月にリリースされる『Hejira』と『Don Juan's Reckless Daughter』(1977)に収録される曲が早くも披露されます。
Coyote
Dics 2. 2 Coyote/Don Juan’s Reckless Daughter(1976年2月)
後に別々のアルバムで発表される曲を、メドレーでライブ演奏しています。一つは次作に収録の人気曲のCoyote、そして続くのは次々作「Don Juan’s Reckless Daughter」のタイトル曲。ギター演奏からバンド演奏に連なる流れが見事です。本作にはCoyoteが4回登場しますが、聴き比べも楽しいものです。
この時の全米ツアーはLA Expressですが、ジョン・ゲラン(ドラムズ)、マックス・ベネット(ベース)、ラリー・カールトン(ギター)、ジョー・サンプル (ピアノ)、トム・スコットからカールトン、サンプル、スコットが去り、ロベン・フォード、ヴィクター・フェルドマンが加わったメンバーになります。
この2曲は正規リリースではジャコ・パストリアスがベースが尖ってますが、上記のフュージョン期のメンバーでの演奏は洗練されて聴きやすいものです。
消えた来日公演
ドラムのジョン・ゲラン(John Guerin)は当時のジョニの恋人ですが、既に別離を繰り返しており、2人の別れは開始したばかりのツアーを中止に追い込みます。
これにより76年3月に予定されていた来日公演は幻となります。
自分が唯一生でジョニを観たのは、1995年のNew Orleans Jazz & Heritage Festival。この年はJames Taylorも登場していたが、当時はニューオリンズの音楽に興味津々でお目当てはFunky Metersなど地元勢で、彼女も大会場で遠目で観たに過ぎず、残念ながら記憶も薄いのです。
実際にはこの年にグラミーを獲得していたようですが、当時の自分には関心の外でした。
来日公演を調べてみると、1983年に唯一の単独公演、そして94年に東大寺のフェス的なイベントに参加したのみでした。
彼女の魅力に気付いたのはここ数年で、そう言う意味では新参者なのです。
ジャコ・パストリアスの参加
ジョニにジャコ・パストリアスの存在を知らせたのはロベン・フォードでした。フォードがジャコのPortrait of Tracyを聴かせたことでジャコを知り、ジョニは『Hejira』録音の後半から参加させ、4曲に彼の名が見られます。
本作にはジャコ抜きのHejiraのデモ(当時はTraveling)も収録されています。あのベースがないと「Blue」に収録されていても違和感のない音です。
そしてジャコのベースが入ると、全く違う曲に変貌するのです。
(79年のライブより)
同時進行的に、ジャコはWeather Report(ウェザー・リポート)に1976年の4月に正式に加入しており、彼は急速に時の人になるのです。
そして翌年の1977年3月にはウェザー・リポートのあの名作『Heavy Weather』が出るのですが、その辺りは以下をご覧ください。
Refuge of the Roadsは正規リリースではジャコがベースですが、デモ録音ではまだマックス・ベネットがベースでした。その他は正規と同じくジョン・ゲランとホーンのチャック・フィンドリーとトム・スコット。
Don Juan's Reckless Daughter
1977年12月にリリースされた2枚組「Don Juan's Reckless Daughter」。本作よりジャコが全面参加しますが、このアルバムからの初出音源は2曲のみ。
聴き物はDisc4.1のSave Magic(Paprika Plains Embryonic Version)。Paprika Plainsの元になったジョニによる12分のピアノソロ。初々しいジョニのジャズピアノが聴けます。
「Don Juan's Reckless Daughter」に収録のPaprika Plains。B面はこの曲のみと言う長い曲。
またDisc3にはDreamlandのアコギによるDemoを収録。正規版はアフリカン・パーカッションとチャカ・カーンのコーラスのみの演奏なので、コードの付いた演奏は初耳で同じ曲かと言う驚きがあります。
Mingus
自分がこのジャズ期において最も敬遠して来た、『Mingus』ですが本作で全貌らしきものが見えて来ます。
一年の空白を経て1979年6月にリリースした『Mingus』は、元々はチャーリー・ミンガス側からの要望で、ジョニがアサインされて開始されたプロジェクトです。
当時のミンガスはALSの進行で死期が迫っていました。2人は78年春から数週間ともに過ごして共作を進めますが、その半ばでミンガスは56歳で亡くなります。そして彼の死後にリリースされました。
『Mingus』は最終的なレコーディングメンバーに至るまでに、紆余曲折がありました。その間に豪華メンバーで録音されお蔵入りした音源が収録されており、これが本作の聴き物になっています。
お蔵入りしたジャズ巨匠系
1978夏のNYのElectric Lady Studiosでの録音には、当時の恋人のドン・アライアス(ドラム)と共にミンガスの推挙と思われる巨匠系が参加します。本業はパーカッショニストのアライアスはドラムもこなし、マイルスやウェザー・リポートの作品参加で知られます。
ゲランと別れてジャコやJDサウザーとも付き合ったジョニですが、恋人は暫くこのアライアスに固定されます。
何れにしても、ジョニの恋人は初期のSSW系から、ゲラン、アライアスらドラマーやジャコ、最初の夫となるラリー・クラインなどベーシストと、リズムセクションが対象となるところが、サウンドの変化とリンクして面白い所です。
Gerry Mulligan(Sax)、Jeremy Lubbock(Piano)と巨匠系を起用したSweet Sucker Danceですが、どうしてこれが没?、と言うほど素晴らしいバージョンですがお蔵入りしました。
Disc 4.5 Sweet Sucker Dance (Early Alternate Version)
迷走するセッション
Disc 4.17のThe Dry Cleaner From Des Moines (Mingus Early Alternate Version)も、正規版とは全く違うメンバーで当初は録音されました。
これらはミンガスが招集したアコースティック寄りのメンバーやマネージメントサイドが用意したメンバーもいて統一性はなく、言わばカオスになっています。スタンリー・クラークがベース、ヤン・ハマーがミニ・モーグ、トニー・ウィリアムスがドラム、ジョン・マクラフリンがギターで参加している模様です。
こちらはライブ盤Shadows and Lightに収録されたジャコ・パストリアスとドン・アライアスも参加したオリジナルに近いThe Dry Cleaner From Des Moinesです。
付録のインタビューによるとエディ・ゴメスが唯一ベースを弾いたのはインストで未発表のDisc 4.16のSolo for Old Fat Girl’s Soulで、フィル・ウッズのアルトサックスがフューチャーされたジョニとミンガスの共作ナンバー。
ウェザーリポート+ハンコック
付録のライナーノーツによると、ミンガスがセレクトしたメンバーらをキャンセルして、ジャコ選抜のメンバーで最終録音がなされたのです。
ジョニのギターにジャコ・パストリアス(ベース)、ウェイン・ショーター(サックス)、ピーター・アースキン(ドラム)という当時のウェザー・リポートのメンバーと準メンバーだったドン・アライアス (コンガ)にハービー・ハンコック(エレクトリックピアノ)、と言う当時のジャズフュージョン界の最強の布陣でした。
ピーター・アースキンはジャコの推薦によりウェザーリポートに加入し、後にはスティーリー・ダンのライブでも活躍します。
Disc5.2のThe Wolf that Lives in Lindsey。
正規バージョンはギターとパーカッションのみでしたが、本作には外されたジャコのベースとショーターのサックスが含まれており、ジョニのギターとウェザー・リポートの2人という豪華なトリオ演奏となっています
Shadows and Light
「Shadows and Light」は1980年に発表されたライブ・アルバム。1979年9月にサンタ・バーバラで収録された音源が使用されましたが、本作にはそれ以外の会場での未公開ライブ音源が収録されました。
当初はウェザー・リポートをそのまま起用するのが彼女の狙いだったが断られ、その後の人選はジャコが行ったのです。
その辺りの経緯は以下をご覧ください。
Help me
「Shadows and Light」には収録されていないHelp me(Disc 5 .6)が収録されているのも興味深いですね。しかもリハーサルで、収録は1979年7月と『Mingus』リリースの翌月でした。
ジャコのベース、パット・メセニーのギター、さらに当時の恋人ドン・アライアスをドラムに起用。
パット・メセニーはジャコとは古い友人で、1975年に発表した初リーダー作 「Bright Size Life」にはジャコが全面的に参加しています。ライル・メイズ(キーボード)はPat Metheny Groupからの参加。そしてショーターを断念し、代役はマイケル・ブレッカーと言う布陣。
当時は若手ジャズミュージシャン達に過ぎない彼らも、今となってはパット・メセニーとジャコ・パストリアスと言う信じられない豪華な共演を実現させたジョニの磁力に感嘆します。
Help meに関しては、冊子のインタビューでキャメロン・クロウに聞かれて「大して重要ではないわ」「ただの曲よね」と自らのヒット曲を酷評しているので、リハーサルの段階で外されたのでしょうか。
『Court and Spark』のレコーディングメンバーに近い布陣と聴き比べるとバンドの特徴が分かりやすいです。
1979年8月、Big Yellow Taxiのこのメンバーでのバンド演奏も貴重です。
(Live at Forest Hills Tennis Stadium)
ハービーハンコックとの絆
本作の最後は1979年9月ハービー・ハンコックのエレクトリックピアノとジョニとのデュオのライブで幕を閉じます。(Disc 6.16)
A Chair in the Sky (Live at Greek Theatre, Los Angeles, 9/13/1979)
また、同曲のピアノバージョンも収録されています。(Disc 4.9)
A Chair in the Sky (Live at Bread & Roses Festival, Greek Theatre, Berkeley)
River
二人の関係はその後も良好で、2008年のグラミー賞においてはハービー・ハンコックの『River〜ジョニ・ミッチェルへのオマージュ』が主要4部門の一つである、最優秀アルバム賞を受賞しました。
Joni's Jazz
本作は「ローリング・サンダー・レヴュー」からの音源など、ジャズ以前の音源も多く、そこは期待外れでもあました。だが、付録のインタビューを読むと続きがあり「Joni's Jazz」と言うアーカイブ集が今後リリースされる予定で本作は小出しにしていて、「Joni's Jazz」にジャズ関連の秘蔵音源が収録されるようでこれは大いに楽しみです。
また、ジョニ・ミッチェル、ジャコ・パストリアス(b)、トニー・ウィリアムス(ds)、ハービー・ハンコック(key)でのライブ音源もあるようなので、その辺りも収録されそうで、期待は膨らみます。
その他のベストアルバムは以下のページで
Joni 1976-80 Playlist
アーカイブの音源とリリースさせたものの聴き比べプレイリスト。『Hejira』のジャコあり、なしなどを聴き比べると面白い。