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ばれ☆おど!⑩


 第三章 『疾風のプリンセス』


下駄箱とは――学校(小学校、中学校、高校)では生徒一人ひとりに自分専用のスペースを割り当てられる。この特定の個人しか使わない特性を活かし、下駄箱に何かを入れ意思などの伝達に使われることがある。学校を舞台とする物語ではよく使われる場所である。日常の場でもあり、新たな展開をむかえるシーンで用いられることがある。


 第10話 依頼者は委員長

 人生、生きていれば、時にはいいことだってある。

 ようやく、カン太にもその時が訪れようとしていた。
 下駄箱を開けると、何やら白いモノが視界に入った。
 それを手に取る。

「うぉ!」

 カン太は思わず奇声を上げてしまった。
 左右を確認して、素早くポケットに押し込む。

 カン太は思う。
(これって、アレだよね。人生初だ! やったぜ!)

 確認のため、急いでトイレへ向かう。
 小走りで廊下の角を曲がる。

 もう少しでトイレだ。

 ところが、カン太はドンッと軽い衝撃を受けて立ち止まった。
「気を付けろ!」
「……」

「吾川ではないか。何を焦っている? 危ないだろ!」
 あの鬼の風紀委員、冷泉玲奈(レイゼイレナ)とぶつかったのだ。ちょっと、相手が悪かった。

 よく手入れされた黒髪。右側を耳にかけながら、彼女は大きな瞳でにらむ。
「いいえ、何でもないです」
「いや、お前は何か隠している。私のカンがそう言っている」
「別に、違反品なんて持ってませんよ」

「それなら、そのポケットに突っ込んだ右手を出してみろ」
「なんで? そんなこと必要ないでしょ!」
「ますます怪しいな。風紀委員として命令する。出せ!」
「わかりましたよ」

 カン太は例のブツをポケットに残したまま、手を出してみせる。
「これは、なんだ?」
「え? ……」

 電光石火の早業で、いや、あえて今風に言うと、アインシュタインも真っ青になる光速さえ凌ぐその早業で、玲奈はカン太のポケットからブツを取り上げたのだ。

 鬼の風紀委員、おそるべし。

「良からぬイタズラでも企んでいるのかな? おまえはあの動物愛護部の部員様だからな」
「プライバシーの侵害だ! 返してくれ!」

「中身を確認してからだ」
 いつの間にか開封されてひろげらている。

 鬼の風紀委員、おそるべし。

「ナニ、ナニ? ええと。今日の放課後、屋上で待ってます。お伝えしたいことがあります。だと?」
 この内容は、言うまでもなく、あの展開になるアレなのだが、玲奈はわかっていないフリをする。
「ちょっと、返してください。もういいでしょ?」

「やましいことがないのなら、私が現場に立ち会っても問題ないな?」
 と、玲奈は意地悪な質問をする。

「問題ありですよ! 人のプライバシーをのぞく趣味でもあるんですか?」
「ああ、大ありだ。悪企みを未然に防ぐ! これぞ風紀委員の仕事だ」

「もしかして、このまえのこと。まだ根に持ってます?」
「なんのことだ?」
 実際、そうなのだが、あくまでもトボケる玲奈である。
「なんのって、この前の持ち物検査の一件ですよ」


 そこに偶然、緑子が通りがかった。
「あれ? カン太じゃない。どうしたの? 風紀委員に捕まってるの?」

「捕まっているというより、からまれてる」
「おい! 人聞きの悪い言い方はやめて貰おう! おお、そうだ! 私に良い考えがある!」

「ちょっと! なんか、恐ろしいこと考えてないでしょうね?」
「あなたは、確か、カン太くんの親戚だったよね?」
「はい。従妹ですが。何か?」

「私の代わりに現場に立ち会ってくれないか?」
 そう言うとブツをひろげて緑子に見せた。

「…………」
 銀色のツインテールが小刻みに震えている。冷たい灰色の瞳がカン太に向けられた。

「もちろん。立ち会います!」

 鬼の風紀委員、おそるべし。


 ◇ ◇ ◇


 放課後、カン太は屋上にやってきた。もちろん、緑子の監視つきである。
 そこには一人の女子生徒がいた。

 千年満里奈(チトセマリナ)。
 ――カン太と同じクラスの生徒だ。しかし、ただの生徒ではない。学業優秀で全教科学年トップ。とくれば、当然その役割も決まっている。そう。学級委員長だ。生徒会でも役員をやっていて、次期生徒会長“当選確実”な方なのだ。その容姿は、とても清潔感があり、色白で黒髪をきちんとヘアピンでまとめている。鳶色の瞳からは才気が溢れだし、爽やかな弁舌を発するその唇はバラをイメージさせる。

 カン太はひと目見て彼女が誰か分かった。

「あの。吾川カン太です。委員長! あなたですか? 僕を呼び出したのは?」

「そうですが。そちらの方は?」

 そう言って彼女は視線を緑子に移した。
「ちょっと、わけあって、あの……僕の従妹です」

「そう」

「やっぱり、これはマズイですよね。すいま」
「いいの。ひとりで来てくれとは断っていなかったから、構いません」
「それで僕に何の用ですか?」

「…………ずっと、ずっと、あなたを見ていました」
「?!」
「私と付き合って頂けないかしら?」

 そう言って彼女は真剣な眼差しでカン太を見つめた。
 カン太は、彼女の鳶色の瞳に吸い込まれそうになる。

「もちろ……」

 ところが、緑子がカン太の口を押さえて、叫ぶ。
「ダメに決まってるでしょ!」

「……」

「カン太にはね。許嫁がいるのよ! 知らないなら仕方ないけど。これからは気をつけて頂戴ね」

「…………」

「そうよね。カン太!」
 怒りに震える灰色の瞳がカン太を睨みつける。

「は、はい!」
 カン太がそう答えると、満里奈は目に涙を浮かべ、口を押さえながら走り去っていった。

 カン太は思う。
(俺ってホントに運が悪い。こんなチャンス二度とこないよな。きっと。はぁ……お祓いでもして貰おうかな)


 だが、そのチャンスは、その日のうちに、再び訪れることになる。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夜。

「ちっ、シャープペンの芯ないじゃん!」
 これでは宿題ができないし、家族でシャープペンを使っているのはカン太だけだった。

「仕方ない。買いに行くしかないか。ついでに飲み物でも買うか」
 近所のファミ○につくと、その人はいた。
 彼女はコピー機を使っているようだ。

「委員長!」
「吾川くん!」

 二人は店内のイートインに隣り合って座った。
「昼間は本当にごめんね。あいつ許嫁とか訳わからないことを」

「いいの。大丈夫よ。わかっているわ。何もかも」
「え?」
「あのあと生徒会役員の集まりがあって、その時聞いたのよ。緑子さんのこと」
「あ? そうなんだ」

「吾川くん。じゃあ、話の続き聞いてくれますか!」

「う、うん」
 カン太はゴクリと生唾を飲み込んだ。

「私を守って下さい!」

「え? もちろんと言いたいけど……」
「話が突然でごめんなさい。でも、もう私これ以上は無理なんです」

「無理って、何が?」
「私、以前付き合っていた人がいたんだけど、その人に付きまとわれて困っているんです」

「それって、ストーカーってこと?」
「そう。警察に相談したんだけど、被害がないと動けないの一点張り」
「それでオレに?」
「うん。吾川くんって、前から思ってたんだけど、正義感強いでしょ? だからきっと私のお願いを聞いてくれるんじゃないかと思ったの」

「いや、そんなにオレ正義感強いかな?」
「うん。そう。一年生の時だったわ。公園で小さい子がいじめられててね。吾川くんがいじめっ子を追っ払ったところを私見ていたの」

「そんなこと、あったかな?」
「うん。カッコよかったわ」

「ところで、そのストーカーと付き合っていたということだけど、どういうヤツかな」
「じゃあ、私のお願い聞いてくれるの?」
「だって、そこまで言われて、断れないでしょ。ふつう」
「そうよね。ごめんなさい」

「いいよ。べつに。それで、そのストーカーだけど」
「うん。あいつとは一ヶ月くらい付き合ったわ。大学生でうちの生徒会のOBよ」
「大喧嘩でもしたの?」
「ちがうわ。私からお願いして別れたの」
「なんで?」

「異常者だからよ!」
「……異常者って」


「偶然だけど、あいつのPCを覗いたら、とんでもないヤツだって分かったの」
 


 (つづく)

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