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ばれ☆おど!㉒



 第22話 ヒーロー誕生の軌跡



 ドゴン、ガコン、ドドドドドドドドド、ガガ、ゴン、ゴゴン

 その音は施設の入り口を破壊している建設用の重機の音であった。みるみるうちに、大きな穴ができていく。
 その破壊された入り口から、巨大なショベルカーが入ってきた。驚くのも束の間、そいつは十数メートルはあるアームを自在に動かして、地階への階段をふさいでいる瓦礫を撤去し始める。

 ウイーン、ガガガガーガ、ガガ
 ガガガ、ウイーン、ガガガガ……

 その重機のアームは、まるで何かの生き物のように縦横無尽に動いている。瓦礫を掴んでは持ち上げる動作は、さながらアニメの巨大ロボットの腕のようだ。


「カン太!!」


 緑子が、驚いて叫ぶように呼びかけた。そう、そのショベルカーを操作しているオペレーターは、なんと、カン太であったのだ。

「なんで? カン太って、そんなの乗れたっけ?」
「ううん。初めてだよ。ハハハ」
「え?! じゃあ、なんで乗れてるの?」
「なんでだろう? 自分でもわからないんだ。でも乗れちゃうんだ。オレには生まれつきそういうスキルが備わってるみたいなんだ」
「あ、まあ、いいわ。早くどけてその瓦礫を!」
「うん」
 まるで、ベテラン重機オペレーターのような『神業』と言ってもいい操縦で、カン太は、あっという間に瓦礫を撤去してしまった。

 絶望と思われていた状況を一瞬にして解消してしまったカン太の働きがあまりにも見事で一言の言葉すら出ない、と言っても過言ではない。現にその操縦ぶりに、緑子とアイリはしばらくの間、ポカンと、口を開けたままである。
 カン太の「さあ、中へ!」という呼び声がなかったら、呆けたまま、立ち尽くしていたことだろう。
 我に返った緑子と、アイリは急いで中に入っていった。カン太も重機から飛び降りて地階に向かう。

「大福!」
「部長!」
「漆原さん!」

 地階に入るとシータの言っていた通りの状況だった。藤原は瓦礫の下敷きになって、大量の出血をしている。その周りに心配そうに見守る源二たちの姿があった。
「おぉ、助かったぞ! アカン! ようくやった!」
 そう言うと源二は悲痛な表情で言葉を続ける。
「だが、藤原君をすぐに助けたいが、この瓦礫が重くてビクともしないのだ」
 
「任せてください! いまどけます。そこから離れてください」
 カン太は全員がそこから離れたことを確認すると、再び操縦を始めた。

 ウイーン、ガガガ、ガガ、ウイーン

 巨大ロボットのような大きなアームがものすごい勢いで自在に動く。ほんの少しでも操作を誤れば、人ひとり簡単に死んでしまうのだが、まるで人間の手が自然に石をつかむかのような繊細な動きで、すぐに藤原の上に載っていた瓦礫は取り除かれた。
 瓦礫をどかすと、カン太は重機から飛び降り、藤原に駆け寄る。

「藤原さん! 大丈夫ですか?」

 カン太がそう言うと、コトリがすぐに歩み寄り藤原の状態を確認し、止血する。
「意識を失っています。出血が多すぎて危険な状態です。すぐに輸血しないと助からない……」
 首を横に振り、彼女はそう言った。

 アイリが叫ぶ。
「だいふくー!!!」
 アイリは藤原の顔をのぞき込む。そして、泣きながら言う。
「ごめんなさい。私のために、私なんかのために、なんでお前が、こんな目に。死んじゃ嫌だー!!!」
 アイリの瞳からこぼれ落ちた涙が藤原の頬を濡らした。
 その時、奇跡が起こる――。
「ぶ、ちょう、そん、そんな、か、かお、しないで、…………ぶ、ちょう、の、せい、じゃ、な、い」
 一瞬意識を取り戻し、藤原はそう言ったのだった。
 そして、安らかな顔で眠るように、再び意識を失った。

「嘘だー!!! だいふくー!!!」
 アイリはその小さな身体で藤原に抱きついて、わんわん大泣きする。


 その時、カン太が叫んだ!
「まだ、諦めるのは早いよ! 部長! 藤原さんを建物の外まで運べますか?」
 源二は鬼気迫った表情で答える。
「もちろんだ。助かるなら何でもやるぞ!」

「じゃあ、お願いします!」
 そう言うと、カン太は上の階の方へ駆けていった。

 源二は背中に藤原を背負うと、建物の外へ運び始めた。
 ようやく、入り口の近くまで来ると外から、ものすごい風が吹きこんできた。騒音もすさまじい。

 建物から出ると、その騒音の正体が分かった。なんと、空からヘリコプターが下りてくるではないか!

 そのヘリを操縦していた者は叫ぶ。
「部長! さあ!」
 そのヘリの操縦席には、凛々しい顔で源二たちを見つめているカン太の姿があった。
「わかった!」
 藤原を抱きかかえながら、源二はヘリに乗り込んだ。

 ヘリを発進させようとしたとき、かすかにカン太たちを呼ぶ声が聞こえてくる。
「……って……って、まってー」
 声の方に向くと緑子が駆け寄ってきた。
「この子も連れて行ってあげて」
 緑子は、アイリの愛犬"グリム"を抱いていた。
 アイリはそれに気づくと
「あ、ありがとう、ホントにありがとう」
 涙を浮かべながらそう言うと、グリムを受け取って一緒にヘリに乗り込んだ。

「カン太! 頼むわよ!」
 緑子は銀髪のツインテールを風になびかせ、凄艶な微笑みを浮かべながらそう叫んだ。コトリは、ゆっくりと首を縦に振る。そして、うるみは胸に手をあて、透き通るような白い頬を染めて、じっとカン太を見つめていた。
 カン太は親指を立てて、大丈夫だという意思を伝えると、歯を見せてニッコリと微笑んだ。
 すると、ヘリはものすごい勢いで上昇したかと思うと、陸に向って飛び去って行った。


 ◇ ◇ ◇



 二週間後、市内で一番大きな病院、雀ケ谷医療センターでは、見舞いの高校生たちが、ある病室をにぎわしていた。

 病室の入り口には『藤原大福丸』と書かれていた。さすがに大金持ちの御曹司だけあって個室である。うるみは持参した見舞いの花束を花瓶に生けて窓際に置いた。その様子はまるで名画を見ているかのような感動とトキメキを呼び起こす。

 そこには、ほかに動物愛護部の面々である源二、カン太、シータを抱いた緑子、それと新聞部部長である小柄な金髪ツインテールのアイリの姿があった。

 アイリは好物のポップコーンをカバンにしまうと、こう言った。
「大福。私は、お前に謝らなければならない。お前に怪我をさせたのはこの私なんだ!」
「何故ですか?」
「もうお前も薄々気づいているはずだ。あの潜入取材は私の愛犬“グリム”の行方を追うためだったんだ。本当に公私混同だ。私に部長の資格はないな……」

「いいえ。そんなことはありませんよ。部長。あの取材は正しかったんです。たくさんのペットが飼い主さんのもとに帰りました」
「それはそうかも知れないが……」
「それと、密猟の証拠がインターネットで拡散されて、国際問題になりそうになったので、政府も組織の解明に重い腰を上げたみたいです」

「それは、あくまでも結果だ。大福」
「いいえ。たとえそうだとしても、私が自分で選んだんです。なんの強制もありませんでした。部長は『嫌なら待っていろ』とおっしゃいました」

 源二が口を挟んだ。
「そうだよ。相沢君。藤原君もそう言っているのだ。あれは事故だが、我々のサポートが甘かったせいでもある。一人で責任を抱え込むな」

 そう言うと、源二はカン太の方に向き直って言った。
「それよりも、ここにいるアカン、いや、カン太君がいなかったら、ここにこのメンバーが集まることもなかった。だから、まず、こいつを私は褒めてやりたい」

 その言葉を聞いてうるみと緑子もうなずく。

 アイリはニッコリと微笑むとこう言った。
「そうだった。吾川君は大福とグリムの命の恩人だ。……あ、それでだな。あの画像データは当然だが、削除してある。今後も盗撮して君に危害を加えることはないと約束する」

「ハハハ……そう願います」
 カン太は苦笑いするが、どこか、清々しい表情だった。

 源二がそんなカン太に声をかける。
「アカンよ。それは私も同じだ。ユーを盗撮した画像だが、実は随分前に削除してあったのだ。今まで黙っていてすまなかった」

「ひどいなぁ。でもこれでオレは自由の身ですね。やっと」
 そう言って、カン太はちょっと意地悪な目つきで源二をにらんだ。

「いや、本当にすまん。そうだ。お詫びと言っては何だが、お前だけ、我が部で二つ名がなかったな。だから、いまここで命名しよう!」
「え! いいんですか。嬉しいなぁー」


「名付けて〝インスタントパイロット〟だ!」


「…………」

「どうした不満なのか?」
「なんかインスタントラーメンみたいで、カッコわるいですよ」

「ワハハハハハ……」

 おだやかな晴天の日差しが差し込む明るい病室はいつまでもにぎやかであった。
 翌月の雀ヶ谷南校の校内新聞〝雀々タイムズ(ジャンジャンタイムズ)〟は『インスタントパイロット現る!』の見出しで始まる記事がトップを飾った。
 その記事は大反響を呼び、やがて雀ヶ谷南校の語り草となる。
 一ヶ月後、その話題は地元の地方紙にも取り上げられ、それがキッカケとなり全国的にも知られるようになった。



(第四章 おしまい)

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