ばれ☆おど!⑯
第四章 インスタントパイロット
第16話 ポップコーンを食す脅迫者
その美少女は、監視されていた。
上品な整った顔立ちに亜麻色のセミロングの髪がお嬢様っぽい。
その髪に手が触れると、雪のような白い耳が透けて見え、銀色のピアスがキラリと輝いた。
時々振り返りながら、彼女は自宅を目指す。
白いブラウスに黒いリボン、タータンチェックのミニのフレアスカート、黒のオーバーニーソックス。そして、編み上げのショートブーツ。
決してブランド品ではないが、上手に着こなしている。
彼女の足が止まった。
どうやら到着したようだ。
そこは十階建てのマンション。
彼女はエントランスホールを通ると暗証番号をキー入力する。
ようやく、安全な場所に着いたようだ。
それは、彼女のホッとした表情からもうかがえる。
だが、危険因子は未だ排除されていなかった……。
自室に到着した彼女は自分の部屋に入ると着替え始めた。
フレアスカートが床にストンと落ちる。
リボンが外れる。
そして、ブラウスのボタンに彼女の白い指が伸びる。
次々に服を脱ぎ捨てるようにして彼女の肌があらわになっていく。
ところが――
着替え終わると、ある人物に変身しているではないか!
――というよりも、元に戻ったという方がこの場合適切といえる。
その人物とは『吾川カン太』であった。
「あー、久しぶりだったな。よかったぁ!」
吾川カン太。
17才。雀ケ谷南高校二年生。動物愛護部所属。
同部には従妹の緑子が在籍する。正義感が強く、不屈の精神を持つも、ゲームばかりしていて体力がない。外見的にはありがちな普通の高校生と言えるだろう。
だが、特筆すべきは、この女装。
そう。彼は女装男子であった。
――服装だけではなく、ヘアスタイル(ウィッグ)からメイクに至るまで完璧にこなす。骨格も平均的な男子よりも華奢な分、より一層『本物』に化けることが可能なのだ。
◇ ◇ ◇
翌日。12月2日、月曜日。
放課後、カン太は所属する動物愛護部へ急行していた。
彼はいつものように部室まで校舎を駆け抜ける。
なぜなら、部長の源二光蔵(三年生)がうるさいからだ。彼にはカン太が秘密にしている女装がバレてしまい、それをネタに脅されていた。
「お疲れ様です!」
カン太がそう言ってドアを開けるとすでに部員は全員そろっていた。
源二、うるみ、緑子、シータは一斉に振り向いた。(作者注※今日はお着換えシーンはありません)
「アカンよ! 遅いぞ!」
いつものように源二に注意された。
この『アカン』とは、部長である源二がつけたあだ名で『アガワカンタ』を略したモノであり、源二だけが気に入って使っている。
「そう言われても、僕のクラスの教室だけ、校舎が違うから仕方ないですよ」
「言い訳は男らしくないぞ! ……ああ、そうか。そういえばユーは女装好き……」
「ああああああああああああ、あ、そうだ! あれ? あそこにいるのはクライアントですか?」
カン太が人差し指で差し示した方向を見ると、小柄な女生徒が一人と長身の男子生徒が一人、こちらを訝し気な表情で伺っている。
源二は一人ずつ紹介した。
「おお、そうだったな。こちらは、わが校の新聞部部長のミス相沢だ」
相沢アイリ(アイザワアイリ)。新聞部部長、雀ケ谷南校の3年生である。小学生並みの身長だが、人と話すときはまっすぐ相手に視線を向けて、背中まで届く金髪ツインテールを可愛く揺らし、大げさなゼスチャーを交えながら、笑顔を絶やさない。また、体力と気力には自信をもっていて喧嘩上等な女子でもある。
「そして、こちらが、副部長のミスター藤原だ」
その横でボイスレコーダーを片手にかしこまっているのが、副部長の藤原大福丸(フジワラダイフクマル)。2年生。あの千年麻里奈と学年トップを争う秀才であり、190センチを超える長身の美少年なのだが、時々ドジを踏んで部長のお叱りを受けることもある。
アイリが挨拶をする。
「この度は、我が新聞部の取材に応じて頂き、感謝します」
そう言いながら、ポップコーンの袋を片手にその中身を食している。その様子はリスなどの小動物が木の実を食べているようで、とても愛くるしい。
「おい、大福! 取材はじめるぞ」
「はい! 準備はできてます」
そう言うと、一糸乱れぬ動作で、二人同時に源二の方に向き直った。
「それでは、部長の源二光蔵さんの方から、動物愛護部の活動について、お話をお伺いします」
そう言って、アイリは、続けた。
「具体的にはどんな活動をされているのでしょう?」
「コホン……うむ。では動物愛護部部長である私から説明しよう」
二人の会話中、話している方に向けて藤原はテキパキとボイスレコーダーを横へ前へと交互に向けている。
「いろんな活動があるが、一言で言うと、ボランティア団体の支援が主な活動になる」
「ふむ。それは具体的にはどんなことをするのですか?」
「まず、募金活動。何事もお金がないと何も動かないからな」
「あ、そういえば、私も、ショッピングモールで、あなたたちが、募金活動をしているのを見たことが、あります」
「そうでしたか。今度は是非とも寄付をお願いし……」
「コホン、コホン……他にはどんな活動がありますか?」
「そうだな、他には、動物愛護のイベントやフェスなどの情報をツイッターなどのSNSを利用してひろめたり、実際にイベント当日にはお手伝いをしたり、などだ」
「そのイベントにはどんな催し物があるんですか?」
「例えば、『動物との触れ合い』『写真展』『相談会』といったところだ」
インタビューはすでに一時間以上続いている。約束の一時間以内で、という時間はとっくに過ぎていた。
「お約束の時間を守れず、申し訳ありません。最後にとても重要な質問があります。これに答えて頂ければおしまいです」
「いや、こちらとしても、新聞記事にしていただければ、助かるので、協力は惜しみませんよ! ハハハハハ……」
「それでは、こういう質問ですが」
そういうと、アイリはポップコーンをほおばりながら、制服のポケットからアイフォンを取り出して、ある画像を源二に見せた。その中には動画もある。
なんと、そこには、あの正義の執行のシーンが収められていた。
――春先の動物虐待者への執行。夏から秋にかけての二件のサテンドールとの対決。及び西氷への脅迫行為。それらが、画像や動画でデータとしてアイリのアイフォンに収められていた。
突然、アイリの眼光が鋭くなった。
「あのね。私はこういうの嫌いじゃないの。だけど、高校生が部活動で、法律を無視して、行う活動って、学校が許可するのかしらね?」
「……ユーは何がのぞみだ?」
「話が早くて結構ね。それじゃあ、我が部の活動の支援でもしてもらおうかな」
「というと?」
「サテンドールよ! 聞き覚えがあるでしょ?」
「もちろんだ」
「我が部は独自に同組織の基地を発見した。是非ともその基地の実態をスクープしたい! でも、武装して警戒しているところへの潜入はとっても危険でしょ?」
「なるほど、我が部の秘密の能力を利用したい、というわけか」
「ご理解感謝する。もちろん、君たちにもメリットを与えよう。成功したら、君たちの部の印象が最大限に良くなる記事を掲載する。部費が少なくて苦労していると聞くが、如何かな?」
「なんでもお見通し、というわけか。フフフ、いいだろう。協力しよう」
「では契約成立ね!」
アイリはそう言うと、カン太の方をじっと見てチョイチョイと人差し指を手前に曲げて、「こっちにこい」と合図する。
「は、はい? なにか?」
カン太は今のやり取りを聞いて新聞部に恐れをなしていた。
「君ねぇ。ダメじゃない。高校生が白昼堂々とこんなことして。学生の本分は学業でしょ?」
アイリはそう言いながら、ポップコーンを袋から直接、口に流し込み、カン太にアイフォンを見せた。
「え!?」
そこにはカン太が女装するシーンの一部始終が写された複数の画像が収められていた。
カン太は思う。
(ははは、もうダメだ。今度は新聞部の奴隷か。もう死にたい)
おそるべし! 雀ケ谷南高校新聞部。
(つづく)
ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです