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比較と独立

日曜日の21:18現在。
台湾にある自宅から歩いて20分程度にある狭いスターバックス。

会社を引退したであろう優しいおじいさんたちが、席を空けてくれる。
その中でホットのカフェラテを飲んで思考を休ませることが、最近の息抜きになっている。(たまに雑談に誘ってくれるのだが、中国語が全くわからず会話できないことがもどかしい。)

1) 二種類の価値観

カフェラテを飲みながら、自分の価値観について少し考えていた。
個人的なイメージだが、価値観には2種類あると思っている。

一つは相対的な価値観。いわゆる「時と場合でしょ」というやつ。
僕は「部屋は綺麗な方がいい」とは思っているけど、忙しい時は散らかってしまっても仕方がないよね、と思っちゃう。

もう一つは絶対的な価値観。例外を許さず、いかなる場面でも遵守されるべき自分の指針。

「人を傷つけることは如何なる場合でも悪だ。」とか
「精神的な豊かさは物質的な豊かさを超える」とか色々考えてみたけど、

今は結論が浮かばなかった。

みなさんはありますか?
親に反対されても、これは揺るがないという価値観は。

2) 自分のスペック

僕の苦手な価値観に「優生思想」的なものがある。

多分その思想が苦手なのは、深層心理で「優生」に対しての苦手意識やコンプレックスみたいなものがあるからかもしれない。

ただ別に、プロゴルファーには嫉妬はしないし、上場企業の社長にも嫉妬はしない。コンプレックスも存在しない。

それはきっと、「比較されないから」なのだろうと思った。
同年代の起業家や、自分が興味ある業界の社長とかには嫉妬するし、変なコンプレックスがある。

思えばずっと比較されることが嫌いだった。
比較して負けても悲しいし、勝ってもそこまで嬉しくなかった。

褒め言葉であっても「○○に似てるね!」と言われるのも嫌だった。
二番煎じと言われているような気がして、嬉しくなかった。
それよりは、比較されない「独立した対象」でありたかったんだなと感じた。

3) 台湾の空気はすごい好き。

だから台湾のプライベートで味わう空気はすごい居心地が良いのかなと感じた。

自分は異国人で、周囲の雑談の声も聞こえない。
誰にも比較されず、独立した対象としてそこに存在できる。

ずっと自分の考えに集中できる。
多分「比較」はされているんだと思う。でも自分がそれを認知できない。

日本だと感じてしまう「空気」みたいなものを、台湾では感じ取れない。
それは個人的にすごい幸せなことだと思った。

人に迷惑をかけていないなら、別に空気から外れていてもいい。
空気を感じ取ることができないこの感覚が、自分を素直にしてくれる。

台北の夜の街で深く深呼吸すると、肩の荷がだいぶ降りる感覚がある。


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