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転勤族の妻がうつ病になった話


問診票を書き、心理士さんからのカウンセリングがありました。そしてその後診察室に入ってすぐ、医師に、

「うつ病やね。うーん、子どもはもう一歳過ぎてるね。育児ノイローゼ。
今すぐ入院したほうがいいよ。」

そう言われました。
あの時の感情はとうとうはっきり言われてしまった。
と表現したらいいのか、

え、入院??

「子どもを預けるところがないので入院はできないです」

私はまたポロポロと泣いて話していました。

現実を突きつけられ、私は泣くことしかできませんでした。

しかし、ひとしきり泣いた後、涙をしっかり拭いて、病室を出ました。

そして待合室でゲームをして待っていた上の子に、何事もなかったように
「お待たせ。着いてきてくれてありがとう。」

そう言って薬をもらい、また暑いなか自宅へ戻りました。

自宅に帰ってからは確か、何もできず部屋の隅にもたれかかるように座っていたと思います。

そして主人にラインで報告。
あまり記憶がないのですが、主人が連絡してくれたのか、その晩、隣の県に住んでいる義理の母が電車に乗って自宅に来てくれました。

私は精神的にも体ももう限界で良くなりたいという思い一心で言われた通りにその夜薬を飲みました。

確か抗うつ薬のサイレースと抗不安薬アメル、不眠症もあったので睡眠導入剤のレンドルミンだったと思います。(間違っていたらごめんなさい。記憶が曖昧です。)

そして次の日の朝、確か土曜日だったと思います。

前よりも激しい発作と共に目が覚めました。
過換気症候群の発作です。
発作は15分くらいでその恐怖からとても長く感じるものでした。

義理の母に、怖い助けと泣き叫ぶ私。
手を握りしめて背中をずっと撫でてくれていました。
しかし、落ち着いてもまたすぐに発作が起こりました。

主人は私のその状態を見て薬をもらったメンタルクリニックへ電話を入れてくれました。
土曜日の午前中だったのでクリニックは開いていて、医師からすぐに来るように言われました。

食事が摂れていなかったので点滴をすぐに打ってくれました。
そして紹介状を書くからとそのまま車で10分くらいかかる精神病院に行くよう指示されたのを覚えています。


私は、あのとき子どもがいるからと、受け入れきれなかった入院を選びました。
というよりも、私にはもう入院することしか選択肢はありませんでした。


これから先のお話、入院してから、そして入院先での出会い、その後のことなど、長くなるので少しずつ記していこうと思います。


そしてとうとう明日、パートに出勤します!!
そちらの記事も乞うご期待!

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では!





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