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日本人の遊び心

今、日本の男たちに足りないもの、それは『遊び心』ではないかなって気がします。

遊び心がなければ心のゆとりも生まれないんだよね(^^)

品格、品性を欠いた男にならないようにしないといけないのに、持ってる人をねたんだり、うらやんだり、即物的な欲望にとらわれることもあるよなぁ~^^;

『余裕ができたら・・・・・・』というのはやめにしないと、いつまでたっても本気で遊べないから!

言い古されたことかもしれないけど「遊び」「ゆとり」は個人の世界、そこから自分自身を確立していくことって、大切なんじゃないかと思います。

日本人は働きすぎ。

遊ぶのが下手。

日本人はマジメ・・・・・・

日本人は・・・・・・という話題になると、必ずそんな結論になる。

それはちょっと違うんじゃないかなぁ~と思っています。

何年か前、ふとそんなふうに思ったのは、確たる根拠があったわけではなかったけど、日本の遊びの文化を思い浮かべてみると、能、狂言、歌舞伎、生け花、茶の湯、浮世絵、読み本、それに数多くの祭りなど、数えあげれば、あっという間に日本人の創造した「遊びの文化」が思い浮かびます。

おまけに「遊びをせむとや生まれけん、戯れせんとや生まれけむ」という歌が、12世紀の平安時代という“大昔”に早くも作られているから驚きです。

日本人は、本当は遊びが大好きな人種じゃないの?

遊びが抜群に上手い民族じゃないの?

そんな思いがある意味で確信に変わったのは、「運動会」に関する資料を調べたときのことでした。

改めて考えてみると、運動会とは、じつに奇妙なイベントですよね(^^)

パン食い競走とはいったい何を競う競技なのか?

スプーン・レースや大玉転がしは、いったい誰が何のために考え出したのか?

騎馬戦や棒倒しは?

どうして仮装行列などというものがあるのか?

こんな奇妙なスポーツ・イベントは、外国には存在しないんです。

日本オリジナルの一大パフォーマンス&エンターティメントだって思いませんか?

そこで運動会のルーツを調べてみると、おもしろいことがわかります(^^)

日本の運動会は、明治29年に初代文部大臣の森有礼が文部省令を発したことに端を発しています。

森文部大臣は、横浜の外国人租界地で陸上競技会を見物して体育教育に有効と判断し、全国の小中学校で運動会を催すよう訓令を発したんですよ。

でも、命令を出されたほうは、大いに困惑したそうです。

なにしろ教育制度が定まったばかりで、まだ運動場すら整備されてない時代であるのにねぇ~

困った学校関係者は、いくつかの学校で話し合い、合同で神社や寺の境内を借り、運動会を開催することにしたそうです。

が、そうなると生徒がただ競走するだけでなく、氏子や檀家も参加できるような競技を考える必要が生じてきました。

今日の言葉でいうなら「住民参加」ですね(^^)

そこで考え出されたのが、パン食い競走や大玉転がしだったんです。

そのうえ、どうせ神社やお寺でイベントを行うなら、夏祭りか秋祭りも同時にやれば、ということになり、中央に櫓を組み、盆踊りや豊年満作踊りを踊るようになったんだって(^^)

これがフォークダンスのルーツなんです!

現在でも、運動会となると、なぜか母親は腕をふるって豪華な弁当を作りたがるのが、それは、運動会が祭りと一体化した歴史があるからなんだって(^^)

一方、当時は自由民権運動が激しく弾圧された時代で、自由民権の志士たちは集会を開けなくなっていたんだよね。

そこで「最近流行の運動会なら弾圧されないだろう」と思った志士たちは、「壮士運動会」と称するイベントを開催し、そこで「政権争奪騎馬戦」「圧政棒倒し」「自由の旗奪い合い」といった競技を創り出し、志を運動会の競技に注ぐことで、鼓舞してたんだそうです。

さらに、その合間にデモを行い、民選議会(国会)の設立を訴えたり、薩長藩閥内閣の打倒を叫んだりした。

そのデモンストレーションが、後に仮装行列に変わったのだから、歴史って調べてみると、色んな知らないことがわかって面白いでしょd(^.^) ねっ?

それら二種類の運動会が混ざり合い、現在の運動会に発展したのですが、この運動会の歴史は、日本人の豊かな遊び心が創りあげたもの、といえるのではないかって気がしませんか?

もうひとつ、近代(明治時代)以降の日本人の遊び心を示すものに、「浅草オペラ」があります。

「オペラ」というと、ちょっと高級なもの、教養がなければ楽しめないもの、というイメージが、いまもつきまとっているのですが、かつては、そうではなかったんですよ(^^)

大正時代に浅草を中心に大流行した「オペラ」は、娯楽の少なかった時代の大人気イベントとして、モボ(モダン・ボーイ)やモガ(モダン・ガール)だけでなく、大勢の老若男女が劇場に押しかけたって言うじゃありませんか(爆)

ビゼーの『カルメン』、

ドニゼッティの『愛の妙薬』、

ロッシーニの『セビリヤの理髪師』、

ヴェルディの『椿姫』『リゴレット』、

それにスッペの『ボッカチオ』や、

マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』(田舎の騎士道)などが日本語で上演され、押すな押すなの大盛況だったといいます。

しかも、それらのオペラは、「正統的なオペラ」として上演されることもあったのですが、多くは、日本風にアレンジされたり、パロディ化されたりしたうえ、フランス風のショウである“レビュー”や、現在の吉本新喜劇につながるドタバタ喜劇、宝塚歌劇につながる少女歌劇などと同列に扱われ、観衆の大喝采を博していたんだって(^^)

例えば『カヴァレリア・ルスティカーナ』を『バカデスナ・スカナイナ』とタイトルを変えて上演したり、登場人物の「ベアトリーチェ」を「ベアトリ姉ちゃん」と呼ぶなど、日本で初のグランド・オペラを成功させようという前衛的で真剣な気持ちと、ギャグ精神の同居は、じつに見事というほかないと感心します(^^)

以前、CDとして復刻されたアルバム『浅草オペラ 華ひらく大正浪漫』を聴いてみても、素晴らしいアリアの熱唱があるかと思うと、オペラもイタリア民謡(フニクリ・フニクラ)もごっちゃにしてくっつけたドタバタ歌唱もあり、いったいどこまでが「本気」でどこからが「冗談」か、面食らってしまうから、聴いててむっちゃ愉しと言ったらありゃしない!

しかし、これがオペラ、これこそオペラ、なのだと思います!

そもそもオペラとは、楽しいものであり、面白いものであり、けっして難解なものでもなければ、高級なものでもないからね。

また、筋書きは、ほとんどすべてが男と女のホレタハレタの物語であり、浮気や不倫、裏切りや失恋の連続です!

音楽も、そんな人間模様の喜怒哀楽を表現しただけにすぎない。

それだけに、子供には理解できず、大人しか楽しめないもので、だから「難しい」とか「高級」という誤解も生じたといえるかもしれません^^;

が、そんなオペラの面白さ・・・・・・オペラの核心を、はじめてオペラと接した日本人は、豊かな遊び心と鋭い感受性で見抜き、自分たち(日本人)のものに消化し、表現したことを誇りに思わなきゃいけないよね!

それが浅草オペラなんです。

まったく残念なことに、浅草オペラは、わずか数年で興行上のさまざまなトラブルから下火となり、その後、日本のオペラは、「歌手」の世界から「音楽大学」の世界へ、「芸人」たちの手から、「芸術家」たちの手へと移ってしまったんです・・・・・・

そして、高級で近寄りがたいものというイメージがつくりあげられてしまい、クラシック音楽と同じ運命を辿る結果になってしまったのが残念です。

”芸術といわれて困る鴈治郎”

そんな川柳が生まれた背景には、歌舞伎という「遊びの文化」の長い歴史があるからなんです。

歌舞伎は、日本人の遊び心が生み出したものであり、けっして「お高くとまった芸術」などというものではない、という大衆の自負があります。

実は、以前、お客様の接待で行った銀座の某クラブで歌舞伎役者さんと、偶々、遊びの文化について語り合ったことがあるのですが、同じ様な感想を持たれていたのに、ちょっと驚いたことがあったなってことを思い出しました。

変に芸術って思ってみちゃうと、構えてしまって、心から楽しめないのは、本当”損”だと思います。

輸入モノで歴史の浅かったオペラは、残念ながら「芸術」になってしまったことで、遊び心が失われてしまったんでしょうねぇ~

そういえば、明治時代の文明開化でアメリカから入ってきた野球も、日本人の遊び心にマッチして大人気を博したのをご存じの方もいるかもしれませんね。

が、そのとき、野球を「刻苦勉励の精神修養の技」にしてしまったのは、当時の超エリートたちが通う第一高等学校(現在の東京大学)の学生たちだったのは皮肉です。

エリートたちは、ほんとうは自分たちも遊んでいるくせに、「遊び」を自分たちで独占したいため、何かと屁理屈をこねて、それを難しいものにし、大衆から切り離そうとしたがるもののようです。

だからみなさん!

だまされてはいけない!

オペラも歌舞伎も、昔ながらの日本の伝統芸能などなど、実に面白いものなんです!

ワーグナーの作曲した『ニーベルンクの指環』は、ニーチェの永劫回帰の思想を具現化し、上演に14時間もかかる超大作楽劇といわれたりもします。

が、しかぁ~し!一言でいうなら、じつは、ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』のようなものなのですよ(爆)

だから、いつまでも”遊び心”を忘れないでいたいなって思います。

出来れば”粋”な”遊び人”を目指したいですね(^^)

例えば、こんな感じでクラシック音楽を楽しんでみるみたいに・・・・・・

柔らかな音色にうっとり。

目覚めたカラダに優しくしみこむクラシック♪

100年前の旋律に胸を震わす・・・クラシックにのって悠久の時を旅する朝時間♪

ソファーでクラシックに耳を傾ける・・・・・・

優雅で極上な、朝のひととき。

アンティークだけど、いつも、新鮮。

普遍の旋律、クラシック♪

話は変わりますが、服を着こなすにも遊び心が必要ですよね。

少しも飾らない服が魅力的に見えるのは、そこに中身があるから。

さりげなく着こなそうと思えば精神的な安定感と小粋な遊び心が必要だと思います。

目先のことばかり、自分の周辺ばかり気にせずにね(^^)

本当に物を知ろうとする人間は、常に、その世界に舞い降りて来ます。

例えば、学問は、ただ本や学校においてのみするものではありません。

風に揺れる木々から鳥たちから大地から、そして人との交わりから多くの発見をするものだということを忘れないでいたいですね(^^)

辛く苦しいときも楽しめる気分にさせてくれる潤滑剤が”遊び心”なんでしょうね。

美学のある生き方を模索することが、性別を超えた願いとなっている時代かもしれないのかな?(^^)

そんな”遊び心”を発揮して、クラシック入門ならこれ!って感じの有名曲ばかりのお得な一枚を聴いてみた♪

クラシック音楽には数え切れないたくさんのCDがありますよね^^;

楽曲も本当に様々なので、クラシック初心者の人なら、どれを選べばいいのか途方に暮れてしまうかもしれません。

そこで、クラシック初心者の方々が、これからクラシックを聴き始めるなら、こちらのCDから聴き始めても初めても良いと思います。

きっとどこかで耳にしたことがあるクラシックの名曲ばかりを100曲も集めたコンピレーションCDなので、どれもヨーロッパの一流オーケストラによって演奏されているので安心して聴いていただけると思います(^^)

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