🏇堂々と誇れる人生を送りなさい

選手それぞれにバックグラウンドがある。学生野球の最高峰の大学野球であれば、ごく当たり前のこと。四年間のうちには、大なり小なり多くの壁に当たる。喜びや苦しみ。その人になってみなければ、わからないことばかりだ。逆境を乗り越えて、美しく終える者もあれば、悲しいことにそうでない者もいる。成功と堕落と紙一重の世界の中で、それでもと踏ん張った者だけが未来を切り開く。大学野球観戦を通して、その様をまざまざと見せつけられている。

腐りかけても、何とか踏みとどまった。四年間を全うし、今日新天地に旅立つ。指導者になるという夢を叶えるために。そんな選手の話をしよう。

忘れられない出来事だ。

遡ること三年前の2018年。首都大学秋季リーグ戦での出来事だった。いつものように、最前列で試合を見ていた。食い入るように観戦する私に、ファールボール係の選手がいきなり声をかけてきた。

｢あんた帝京大学のファンなの？｣

突如声をかけられた上に、まるで友達かのような物言い。当然、面識などない。あまりの衝撃に返す言葉がなかった。

気を取り直して試合を見る。いつものとおり第三試合まで。

そしてまたヤツがやってきた。

｢あんたまだいるん！？｣

唖然とした。どこの誰かも知らない人に、なんでこんなことを言われなければいけないのだろう。首都リーグの大ファンである私が、一日中球場にいるなんて当たり前だ。絶対にどこのどいつか見つけ出してやる。私は躍起になった。

パーカーの袖に書いてある名前を確認し、すぐさま野球部のOBに連絡をした。ついに該当者を見つけ、私の頭に深く刻まれた。どんな選手なんだろう。また見かけたら絶対にどついてやる。

聞くところ彼はまだ大学二年生。怪我をしたかなにかで、メンバーから離脱をしていた。リーグ戦期間中は持ち回りで球場当番がある。たまたまそれに出くわしたというわけだった。あまりに衝撃的な出来事だったので、鮮明に覚えている。

オープン戦に出向くと、必ずといっていいほどスタンドにいた。まだ試合には出られないようだ。それはそうとも、名門の大学。レベルの高い選手がたくさんいる。ポジションの競争率も高く、チャンスを掴むのも一苦労だ。

グラウンドに通ううちに、話をするようになった。高校時代は名門チームの主将をしていたこと。内野を守っていること。入学と同時くらいに怪我をしていて、野球への士気が下がっていたこと。何となく暗い雰囲気だった。一軍と呼ばれる輝かしい選手の姿を見る目が、悲しそうにも見えた。

誰もが公式戦で活躍したいと思っている。しかし、思い通りになんていかない。第一線に挑む選手でさえ、多くの壁に当たる。限られた一部の選手でさえこれだ。その他大勢の選手の苦悩は、どのようなものなのだろう。モチベーションの維持だって難しい。矛盾を感じることもある。それでも心を鬼にして頑張らなければならない。それをこえた者が、試合に出られているはずだから。

一生懸命やっても無駄と、彼は自暴自棄になっていた。それでも持ちこたえなければ終わってしまう。一軍への道は険しいものだけど、どうにか曲がらず四年間を終えてほしい。そう願っていた。

転機が訪れた。二軍の試合で出場機会を得られたのだ。どんなユニフォームでもいい。試合に出られることがまず一歩。嬉しかったのを今でも覚えている。

それでもやはり、一軍への道は厳しいものだった。どんどん他の選手と体格の差がついてくる。どんどん下級生が頭角をあらわす。入る隙などまるでない。それでも根底にある『指導者になる』という夢を叶えるために、やめるという決断は下さなかった。

最後の秋、最後の試合。出場機会こそなかったが、ベンチに入ることができた。一軍と同じグラウンド、同じ空間。どんな気持ちだったのだろう。全くといっていいほど場慣れをしていないので、ノックにも緊張がうかがえた。貴重な公式戦ユニフォームの姿。本当に良かったと安堵の気持ちだった。

引退後、他県で指導者の卵になることが決まった。夢への第一歩。監督の思いはもちろん、自分の力で掴んだ。何度も挫折をし、何回も野球部を去ろうと考えたという。それでも踏みとどまり、最後まで役目を全うした。少しの不安(だいぶかもしれない)と、適度な緊張をもって今日旅立った。

度肝を抜かれた三年前。私がいうのもなんだけれど、驚くほど人が変わった。腐り続けて、落ちる可能性だって十分に考えられた。でも、それを自ら打破した。今度は指導をする側。人の手本となり、その背を見せる番。人の野球人生に責任をもつということ。ジェットコースターのような日々とたくさんの経験は、必ず生かされるはず。頑張ってと簡単な言葉しか見つからないけれど、絶対に素敵な指導者になれる。近い将来、甲子園で見られるのを私は心待ちにしている。寝坊するなよ、れんにーさん。

追記

2023年4月より彼の母校、済美高校のコーチに就任しました。思ったより早い母校への帰還。これも彼の努力の賜物だと思います。

私は甲子園に行ったことがありません。それは、地元『横須賀市』の高校が初出場を果たすまでとっておこうと考えていたからです。

もちろん横須賀市の高校の出場も心待ちにしていますが、彼が甲子園に行くことが決まったときにも行きたいと考えるようになりました。

それがいつやってくるかはわかりません。近い将来かもしれません。その日を楽しみに待っています。