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バーテンダー、Irish coffeeを語る。

コーヒーが好きだ。
それも濃いのが好きだ。
特にエスプレッソは。
あれはアタマが割れるほど濃く、舌がひりつき、胃がその苦さと重さで驚くほどのこそそれだと思う。
だから最近の酸味ばかり強く、フルーティな香りがすると言われるコーヒーに好きなものは少ない。

今季はIrish coffeeがけっこうな杯数出た。開店以来、おそらく最高数だと思う。
当店に手間のかかるカクテルは数あれど、あれほど手間のかかるカクテルはそんなに多くない。そしてコレは自らの手間(=作業工数と言い換えてもいい)に加えてコーヒーが抽出できるまでの“時間”が含まれる。こればかりはどうしようもない。
他をいくら手早く終わらせようと、抽出し終わるまでは待つしかないのである。

故に絶対に用意があるとは黒板に書かない。

カクテルの存在そのものを知っているか、あるいはカウンター内の設備を見て作れるという判断ができない限りオーダーされることはないのだ。にも関わらず。

よくオーダーされるようになってから雑誌やwebを含むメディアで注目されたとか特集されたのかと少し探してみたけれど、めぼしいものも見つからず。
だけどとにかくオーダーされた。そういう年だったのだろう、と思うことにした。

多い時は3杯重なるという事態。
もう悲劇である。
僕の作り方では1杯ずつしか作ることができないし、1杯あたり最低10分は見てもらう。3杯目をオーダーした方が飲めるのはスムースに行っても30分+αくらい後になる計算だ。合間に来店された方があればさらに伸びる。

だからと言って効率化合理化のサーブスピード重視、自分が納得いかない−けれど一定以上のレベルは越えている“だけ”の−ものを出せるほど割り切った仕事はしたくない。
だいたいコーヒーが好きだと言っているのにそれを使ったカクテルが凡庸などと言うのは話にならないではないか。

なのでこの“Irish coffee”というカクテルには一家言ある。

このカクテルはコーヒーを飲むものだ。
そのコーヒーに「香りづけ」と「アルコールの軽いキック」を与えるためにフランベしたアイリッシュ・ウイスキーが入っているという解釈をしている。ウイスキーはあくまでも添え物。

コーヒーが真ん中を張るカクテルだ。
だからコーヒーは絶対に美味しくないといけないのだ。何をおいても確実絶対に。

当然、インスタントやパック売りされているコーヒー(みたいな液体)なぞ言語道断。カプセルも、スーパーなどで売っているいつ焙煎したかわからないような豆も、粉末状になっているもののパックなんてのも使わない。
信頼のおけるロースターでベストと思える豆を選び、オーダーを受けてから豆を挽き、マキネッタ(雑駁に言うとクレマのないエスプレッソができる抽出器具)で抽出したものを使う。
クリームはその都度、手ずからホイップする。

これでも自分なりに効率化したつもりだ。
同じようなシステムのサイフォンより洗いやすいし、ドリッパーのようにかかりきりになる事も、湯温まで気にすることもない。
自分が妥協せず、かつ、かかった時間の期待値を上回れる“Irish coffee”は今現在、これが到達点だと思っている。僕が作る場合は。

年末、珍しく海外からの来客があって(言うまでもなく当店への来店が来日の目的ではない)作ったら「このアイリッシュ・コーヒーはニセモノですね」と言われた。
いったい何が違うのかと聞いてみたら「本物飲んだことあります?すっごい不味いですよ」と。

思わず笑ってしまった。

…あー、書いてしまった。
まあシーズン・アウトの時季なのでオーダーは一気に減るだろうしいいか。次のシーズン・インまでにはこの話も忘れられているだろうし…と言うか忘れておいてください。

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