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父親になれない"イクメン”たち〜vol.2〜

息子のイヤイヤ期による妻との朝からのケンカについて

今朝の話。息子(3歳)と朝食を摂っている最中のこと(そうそう、息子が1歳になった頃から朝食は大体ぼくが担当している)。

最近の息子は食事中、よく駄々をこねる。好きなモノが食卓に並んでいるとそうはならないけれど、あまり気の進まないメニューだとすぐに「お腹が痛い。パパが食べさせて。これはいらない。」などなど。適当な理由をつけては食事を長引かせる傾向にある。きっとこれが3歳のイヤイヤ期というやつなのだろう。

ぼくはそんな時にはあまり時間もない忙しい朝なんかは、どうにかして食べさせる方法はないかと、息子と会話をしてそこから糸口を見つけようとする。最短の方法で。

保育園に遅れちゃうよ。お友達と遊べないよ。から始まり、食べないの?食べたくないの?と続けると、妻は「そんな言い方しないでよ。食べないっていうでしょ」とぼくの言い方に対して注意に似たクレームをつける。

こんな場面は日常的にあるのだけれど、ぼくはほとんどの場合この手のクレームに対しては無反応を貫くようにしている。わかった、ごめん、違う言い方がいいよね、などとはじめのうちは妻に対して謝罪のような形で改める旨を伝えていたが最近はやめた。

妻の言い分は巷に出回っているいわゆる教育本に書かれている"やってはいけない言い回し”にぼくのそれが当てはまるからワードだから。それらの文言がぼくの口から聞こえるとオートマチックに反応を示し、不機嫌な感情を言葉に乗せてこちらに向かって吐き出す。

しかしながら、この妻の反応にははじめのうちは理解を示せていたぼくも、徐々に違和感を覚えるようになった。

先ほどのぼくと息子のやり取りには続きがある。

「食べないの?食べたくないの?」という質問に対して息子はどちらにも当てはまらない様子でう〜う〜うなって首を振る。

「食べられないの?」と言うとうん、と力強く首を縦に振る。

ぼく「なんでかな?」
息子「大きいから」
ぼく「なら小さくしようか」
息子「うん」

その後は何も言わずに、黙々と食事を進めることができ、保育園にも遅刻することなく送り届けることができた(そうそう、息子が保育園に通い始めてからはぼくが毎日送り届けている)。

こんな具合に問題は食材の大きさにあった。そこに自分ひとりでは解決できそうにない問題があり、手助けが必要な場面もある。それをクリアすればなんのことはない、とぼくは思っている。

教育本にはぼくの知り得ない様々な情報の集合知が書かれていて、否定するつもりもないし、それを実践しようとする妻に文句を言うつもりもない。けれども何事にも”文脈”というものがある。どのような事象にもその前後があり、表と裏がある。表面だけを見てどうこう言えるほど、簡単で薄っぺらいものはないように思う。

だから、その場、その一瞬だけを見聞きして、正解・不正解を決めつけないでほしい。さらに言うと自身が気に入らないことがあったとしてもそこに感情を思い切り乗せて相手を否定するような態度は、極力避けてほしい。

目の前で否定をされる親をこどもが見たいと思うだろうか。よっぽどそちらの方が教育上、悪影響が及ぶように思えるのはぼくだけだろうか。

そんなことを妻に息子を保育園に連れて行った後に話しをしたが、ぼくも必要以上に妻の言動に対して、追い詰め、心をえぐるようなきつい言い方をしてしまった。

何でもかんでも理詰めで相手を追い込んでしまう悪い癖がぼくにはある。

なんだかんだ言っても夫婦仲を良好に保ち、心穏やかに過ごすことが、こどもの心が健やかに育っていく何よりもの養分になることは間違いないことだと思う。

きちんとこの後、妻に謝罪をし、自分の思いを順序を立てて共有しようと思う。伝えたいことがちゃんと伝わるように、相手の思いや立場も考え、丁寧に、丁寧に。

今朝はごめんなさい。言い過ぎました。

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