『イラストでまなぶ! 用兵思想入門 近世・近代編』田村尚也著、2021

感想

1点よく分からない部分がある。第一次世界大戦におけるドイツ軍の意思決定能力について、79ページには下記のようにある。

付け加えると、この頃にドイツ軍の大演習を観覧した他国の武官は、ドイツ軍が命じられたことしかできない軍隊になっていることを知って驚いている。つまり、モルトケ参謀総長時代のプロイセン軍にあった「独断専行」能力が、すでに失われていたのだ。

しかし、119ページには次のようにある

そもそも連合軍(とくにイギリス軍)の下級指揮官は、ドイツ軍に比べると上級指揮官の命令書を待つ傾向が強かった。そして連合軍の上級指揮官が、前線の下級指揮官に状況の報告を求めて仔細を把握し、予備隊投入の命令書を書き上げて伝令に持たせても、それが予備隊に届いて投入地点まで移動する頃には前線の状況がすでに大きく変化しており、投入の場所や時期などがしばしば的外れなものになってしまったのだ。

その大きな原因として、ドイツ軍の突撃部隊は下級指揮官のその場その場の判断でどんどん浸透してくるのに対して、連合軍の守備隊は前線の下級指揮官から後方の上級指揮官まで情報や命令書をやりとりするため意思決定に時間を要したことがあげられる。

言い方をかえると、ドイツ軍では指揮権限を移譲されたされた下級指揮官の心中で意思決定が完結していたのに対して、連合軍は前線の下級指揮官から後方の司令部の上級指揮官を含む意思決定の輪(ループ)が大きく、その分だけ回転(サイクル)が遅かった。そのため、ドイツ軍の小さな意思決定ループのサイクルの速さがもたらす迅速な作戦テンポに後れをとることになったのだ。

厳密には前者は大戦前、後者は大戦中なので、大戦中に能力を身につけたということなのかもしれないが、それに関する記述が無い。


はじめに

近年、世界の軍事関係者の間では「ハイブリッド・ウォー」や「マルチドメイン・バトル」といった新しい戦争のやり方や軍隊の戦い方が話題になっている。そして、そうした戦争や戦い方の変化が、ある国の軍備のあり方はもちろんのこと、国際関係にも影響を及ぼすようになってきている。

しかし、この「ハイブリッド・ウォー」や「マルチドメイン・バトル」が、一体どのようなものなのかをよく理解するためには、そうした戦争の進め方や軍隊の動かし方の基本となっている考え方、すなわち用兵思想に関する基礎知識が欠かせない。

なぜなら、最新の戦争のやり方や軍隊の戦い方も、過去のさまざまな用兵思想を土台に発展してきたものだからだ。

そこで、この本では、現代の用兵思想にも直接大きな影響を与えている歴史上の用兵思想を中心に、ナポレオン時代のクラウゼヴィッツやジョミニから第二次世界大戦中のドイツ軍における「電撃戦」まで(のちの時代に与えた影響の割には詳細に触れられることが少ない第一次世界大戦中の砲兵戦術や歩兵戦術などを含む)用兵思想を、マンガやイラストを活用してわかりやすく説明していこうと思う。

ただし、まずはざっくりとした全体像や抑えておくべき定説を端的に伝えることが重要と考えて、わかりやすさを優先して説明をはしょったり、移設や新設の紹介を省いたりしている部分もあることを、ご了承いただきたい。

なお、文中では、最近の蹴入では異なる見方が出てきているようなことがらでも、あえて当時の受け取られ方を記している部分がある。なぜなら、その後の用兵思想はそうした見方にもとづいて発展しているので、当時の見方を踏まえずにその後の用兵思想の発展を理解することがむずかしいからだ。したがって、過去の事実そのものについては、その事実の検証をテーマとする研究所などを参照していただきたい

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