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【パニックを空売りする】VIXショート戦略

梅雨とともにサマーラリーが去って夏枯れ相場の風が吹き、米国市場はにわかにボラティリティが高まってきました。恐怖指数 = VIX は3ヶ月ぶりの高値となる16.51を付け、前週比で +29.2% 上昇しました。

現在市場で生じているボラティリティは、夏枯れ相場というシーズナリティの他にも、トランプ暗殺未遂事件から始まるトランプ・トレードや、バイデン政権による対中半導体規制強化(による半導体株のクラッシュ)などが影響していると考えられます。

今回は、現在のような相場状況の時に、VIX指数の変動からリターンを得るVIXショート戦略について検証と考察を行ってみたいと思います。



重要な前提:VIX ETFは長期的に無価値になる

VIX指数に連動するETFは $VXX, $VIXY, 2倍レバレッジ版の $UVXY などがあります。
しかし、これらの銘柄は長期的に減価していく構造を持つことが知られています。事実、これらの銘柄は上場以来、現在までにその価値の99%以上が失われています。

$VIXY 長期チャート

2018年2月には、VIX関連ETFの目論見書に「この銘柄の長期的価値はゼロであり、もし長期に保有すれば投資額の全てまたは大部分を失う可能性がある」とこっそり記載されているという情報が広まり、関連銘柄が急落したあげく相場全体にも混乱が波及するというイベントも発生しています(CNBC)。


VIX ETFが減価していく主な理由は先物の順ザヤによると考えられています。VIX ETFが裏側で買い付けるVIX先物はほとんどの場合、期近より次の限月の方が高い(遠い時点の方が不確実性≒リスクが高いので、通常はそうなる)ため、先物をロールオーバーするたびにより高い価格+運用コストがETFの純資産から支払われることにより、時間が経てば経つほど減価していく構造になります。

ちなみに私の知る限り、先物やデリバティブを原資産とする多くのETF、例えばゴールド等のコモディティやレバレッジ型・インバース型などのETFはすべて、多かれ少なかれこの構造を持っています。VIX ETFの場合は、常に将来の価格が期近よりも高価になりやすい傾向を持つため、特に一貫して順ザヤによる減価効果が現れるという仕組みです。


また、VIX指数の参照元であるS&P500オプションのインプライドボラティリティ(予想変動率)は、これまで約80%の期間で実現ボラティリティよりも割高でした。これは同様にVIXに連動するETFがその80%の期間において割高であったことを意味します。

長期で保有するとほぼ必ず損をするVIXに連動するETFが、それでもなお買われ続ける主な理由は、市場がパニックに陥った時のための保険目的です。トレーダーは多くの場合、市場がクラッシュした時に損失をヘッジする目的でこの銘柄を購入します。事実、現在においても、$VXX は毎日1,000万以上の出来高をつけて活発に取引されています。
このことはVIXが80%以上割高であることの要因として説明できると考えています。保険は普通、現実化しうるリスクに対して常に割高であるからです。

また、当然ながら、市場でパニックが蔓延するケースでは、同じ目的を持つ取引が殺到します。そのため極めて短い期間で急激に価格が上昇し、パニックが収まったらすぐに元の価格の落ち着く、という傾向があります。
80%の期間では予想される(心配される、と言い換えてもいいでしょう)ボラティリティよりも実際に生じたボラティリティは低かったため、多くのパニックは非常に短期間で沈静化しました。パニックという概念の定義上、当たり前の話でもあります。

以上より、VIX ETFは下記の特徴を持つと示すことが出来ます。

  • 実質的な保険商品であるため、常に割高なプライシングが付いている。保険は一般に割高である

  • 市場がパニックに陥った時にはさらに急激に割高になったあと、急激に元に戻る傾向がある

  • 原資産をロールオーバーするたびに「高く買って安く売る」を繰り返すことにより価値が失われていき、長期的に保有すれば価値はゼロになる


絶対に負ける銘柄ならば、買うのではなく空売りしよう

構造的に割高な、かつ長期的に減価していく構造を持つ銘柄が、短期的にさらに割高になったタイミングを見つけたら、トレーダーであれば誰でもショートしたいと思うでしょう。
裏を返せば、ほとんど常に割安でエントリーでき、短期でも長期でも確定的に利益が生まれるリスク・リワード効率の非常に良いトレードが期待できることを意味します。

ということで、VIX ETFをショートすることでパニックを空売りする戦略を検討してみたいと思います。

VIX指数の逆数に連動するETF($SVXY)を使ってVIXをショートする戦略のシンプルなトレードルールを策定し、過去にそのルールで運用したらどのようなパフォーマンスを得ることになったか、バックテストを行ってみましょう。


バックテスト

まずはトレードルールを設定してみます。

<対象銘柄>
・ProShares Short VIX Short-Term Futures ETF ($SVXY)

<エントリー条件>
・3期間RSIが25を下回る
▶ このETFが「売られすぎ」であるということは、VIXが「買われすぎ」であることを意味する。このETFを買うことで、市場パニックから資産をヘッジしたいトレーダーに保険を売る。

<イグジット条件>
・3期間RSIが80を上回る
▶ このETFが「買われすぎ」、つまり市場パニックが沈静化して多くのトレーダーがVIX保険を手放す時に手仕舞いする。

検証期間は2018年3月~2024年6月としてみます。上述の通り、2018年2月にこのETFの長期的欠陥が広く知れ渡ったことで生じたクラッシュを含むとデータが歪むこと(とはいえ実際に現実化したテールリスクなので無視するべきではないですが、一般的な状況をまずは想定したいです)に加え、その後の需給状況が大きく変化した可能性を考慮するためです。


以上の条件によるバックテスト結果を見てみましょう。

・トレード回数:60回(年平均 9.6回)
・勝率:73.3%
・平均リターン:+2.2%
・年換算リターン:+21.2%
・平均保有日数:13日

年間成績

非常に良さそうな結果が出ました

RSIパワーゾーン戦略を検証した投稿でもみた通り、近年は平均回帰戦略のパフォーマンスが低下していますが(恐らく上昇のモメンタムが強すぎるせい)、年率リターンでも20%以上が確保できるのは良い結果だと言えます。

年ごとで見ると、2020年を除いてすべての年でポジティブリターンとなっています。
$SPXのバイ&ホールドと比較すると、ボラティリティが低く一本調子で上がり続ける相場(2019年、2021年、2024年)ではそれほど強力ではないですが、逆に言えば、相場が横ばい・下落する局面では非常に有効であり、上昇相場で最大パフォーマンスを発揮するモメンタム・トレードに対して無相関で補完する戦略としても有効活用できそうです。

トレードレベルでより細かく見ると、予想通りと言えますが、損失の大部分は2020年3月のコロナショック(-49.2%)から来ています。
他のあらゆるトレード戦略と同様、歴史的な市場クラッシュには耐えられませんが、何らかの神通力か水晶玉のお告げによってクラッシュを早期損切りで回避できるのであれば、上記のリターンはさらに大きく上がります(否、恐らく無理なのでトータルパフォーマンスに織り込みましょう)。


さらに最適化を試みる

これをさらに改良できないか試してみましょう。以下のパターンでパラメータをいじくってみて、計45通りのバックテストを行ってみます。

・RSI (n):3, 4, 5, 6, 7
・エントリー条件:RSI (n) < 30, 25, 20
・イグジット条件:RSI (n) > 70, 80, 90

以下が結果の一覧です。

まず全体を通して言えるのは、割とどのようなパラメータであっても良好なパフォーマンスが得られる、というところでしょうか。
組み合わせによってはトレード機会がほとんど発生しないものもありますが、適当に買って雑に放り投げたとしても悪くないリターンが得られるということは、戦略の筋の良さ = 堅牢性を保証しているように思えます。

エントリー条件を厳しくするとトレード機会が減るが勝率は上がる、イグジット条件を厳しくするとさらに勝率は上がるがポジションを取っている期間が長くなる、などのトレードオフが観察できます。
逆に言えば、各自のリスク選好やトレードスタイル、利益目標に応じて好きなパラメータを選ぶことも出来そうです。

中でも特に良い結果を示す傾向があるのは、ひとつはRSI期間を6~7日と長めに取るパターンが見られます。これによって、パニックが市場に十分に行き渡ったタイミングでエントリーできるため、パフォーマンスが向上するのではないかと考えられます。
ふたつには、RSI > 80 のタイミングで手仕舞いするパターンが筋が良さそうです。1つめの点の裏返しで、パニックが十分に収まった調度よいタイミングで手仕舞いするのがベストと言えそうです。

これらの組み合わせでは30%に迫る年率リターンが過去に得られています。
デュアルモメンタムモデルの検証記事でもみた通り、年率30%を超えるリターンというのは、ピーター・リンチやジョージ・ソロス、チューダー・ジョーンズなどの伝説的な投資家に匹敵し、ウォーレン・バフェットやチャーリー・マンガーをも凌ぐパフォーマンスとなります。

これはもちろん机上の検証にすぎず、単に過去を最適に説明する結果を見つけたにすぎませんが、まずは良い戦略を見つけるという目的にはかなうものになりそうです。


この戦略の優位性は今後も継続するのか?

当然、この戦略を公開しても問題ないのか?(エッジは失われないか?)という疑問が湧いてくる気もします。

VIXは保険目的で買ったり、将来のボラティリティの推定に使うべきではなく、空売りした方が良いというアイデアは、遅くとも2016年4月には世の中に出ています(MISUNDERSTANDINGS ABOUT THE $VIX FUTURES TERM STRUCTURE)。

VIXショート戦略を解説した『Buy the Fear, Sell the Greed』はベストセラーになっており、この戦略自体は広く知られているはずだと考えられます。
同書は2018年7月に出版され、その時から全世界ですでに知られていますが、バックテストで見た通り、明らかに同書の出版以降もこの戦略は機能し続けています

上で述べたETFの構造上の背景は十分な説明になるものの、そもそも何故、まだ買っている人がいるのでしょうか?

その理由は、現時点では私には分かりません。

同書の著者であるコナーズ氏が説明する「この戦略の反対側にいるトレーダー」についての考察はややナイーブだと私には感じられますが、現実には実際にその通りであり、VIX ETFの需要側には想像以上に無垢または非合理なトレーダーが集中しているのかもしれません。

同書では、VIX連動商品の買い手は以下の人々であるという分析が載っています。自分の理解で補足しつつ、かいつまんで引用します。

  1. 市場を軽視する投資顧問:著者がメリルリンチで勤務していた頃、プロといえるほどの投資知識を持たず、WSJすら読まないのに、顧客に信頼されて大いに稼いでいる投資顧問を数多く見てきた。彼らは知識不足から顧客にVIXを買わせるが、どういうわけか、それでも彼らの事業は成立している。

  2. 情報を持たない一般トレーダー:彼らは頭が悪いわけではない(むしろ多くの場合、学校での成績が良かった人たちだ)が、ボラティリティをトレードするのに必要な知識を持っていない。著者に言わせれば、一般投資家が集まる掲示板やソーシャルメディアを見ればそれがよく分かる。

  3. 恐怖感から動くプロの機関投資家:何らかの理由でポートフォリオを守るために(あるいは守る行動をしたと顧客や上司に説明するために)VIXを購入したい人たち。こうしたプロの機関投資家は、(SNSで一般投資家が恐れるほどには)常に合理的に大金を投じて市場を支配しようとしているとは限らない。むしろ、顧客からファンドを解約されるリスク、査定や出世のために今年度・今四半期の成績をよく見せたいインセンティブを強く持つ。端的に言って、彼らは個人投資家にはないキャリア・リスクに怯えているものである。

  4. 弱気の見通しを持つ短期トレーダー:上と同じグループに属しているが、VIX ETFが長期的に下げる傾向があることは知っている。彼らは相場を予測し、短期に利益を上げようと目論んでいる。彼らが正しいケースもあるが、価格決定と流動性の提供に役割を果たしている。

  5. ギャンブラー:VIX ETFはボラティリティに関する投資対象なので、それが何よりも好きなギャンブラーを惹きつける。VIXを宝くじかスロットマシンとみなしており、たまに大儲けする。


VIXのショートに賭ける方法

これが重要な点なのですが、VIX指数に連動するETFは、現在ほとんどの日本国内の証券会社では買うことができません。
国内ではVIX短期先物指数ETF(証券コード:1552)が東証に上場されていましたが、すでに廃止されました。

日本国内から米国で上場しているVIX関連ETFの現物が買えるブローカーはありません。CFDで取引できるのは、現時点ではIG証券、サクソバンク証券のみのようです(いずれも買いのみ)。ただし証拠金率はほぼ100%が必要となるようです。

VIX指数のCFD取引であれば上記に加え、GMOクリック証券、楽天証券などでも取り扱いがあるようですが、上で説明した通り、この戦略の優位性はVIXそのものよりVIXに連動するETFで発揮されますので、指数そのものを取引するのは(テールリスクを考えると)微妙です。


テールリスクをマネージしたい観点からは、オプションが買えると一番良いのですが、日本ではその手段は無さそうです。
もし知っておられる方がいらっしゃれば、教えていただけると嬉しいです。


本日の投稿は以上となります。


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