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親のトラウマと恋愛

最近、ラジオを始めた。
stand.fmという、一般人でも誰でもラジオ配信を始められるアプリで。


内容が、聞き応えのあるものかどうかは置いておいて(置くな)、
思ったことをただつらつら話すことができる時間は
頭の中でぐるぐる考えていただけのことが、スッキリ整理される時間にもなっていて、いいな
という感じがするので、誰も聞いてくれなくなっても続けたいと思っている。
(誰もはさすがに悲しい、ひとりはいてほしい)

ということで今日は
この前ラジオでもちらっと話してみた『親のトラウマと恋愛』というテーマについて
改めて自分なりに言葉にしてみよう。

(ラジオの方も一応貼っておくので、気になった方はぜひ↓)

誰しも、今の自分の恋愛に対して
少なからず親の影響を受けていると思う。
(ここで言う親、は「育ててくれた人」という意味なので、
祖父母や親戚、施設の職員さんなどの場合もあるかも)

それは「この人はやめときなさい」と言われた、とか
「親が住んでいるところにいずれは住める人」とか
そういう直接的な意味での影響ではなくて
もっと無意識的な、
幼い頃からちょっとずつちょっとずつ自分の中に染み込んできたもの
という意味で。

もちろん、プラスの影響もあれば、マイナスな影響の場合もある。
親を尊敬している人なら、自然と「私もこういう人と結婚したい!」と思うかもしれないし
親と馬が合わなかった人なら、「絶対こんな奴と付き合うもんか、反面教師にしてやる!」と思ったりしてるかもしれない。

その程度の(という言い方はよくない気もしますが)、
つまり、どんな人を好きになるか、という点で
意識しないうちに、親が影響している
というくらいのことであれば
よくあることだし、というか、まったくゼロな人の方が珍しいんじゃないかと思うくらい当たり前のことだし
ぜんぜん、いい。

ただ
親に関する過去の経験が
今実際に付き合ったり、結婚している人に対して「求めるもの」にまで
影響してしまうというのは、果たしてどうなのだろうか、と思うことがある。

自分の話になってしまいますが
私は、父とあまりいい関係ではなかった。

もちろん、ちゃんと大人になって独り立ちするまで
衣食住なに不自由なく育ててもらったし
大学まで通わせてもらったし
暴力的な虐待をされたことも、逆にネグレクトだったなんてことも、ない。
どんな人であったかはさておき
自分の働いたお金を、娘である私を育てることに費やしてくれたのだから
子どもとして、愛してくれていたであろうことは、たしか。
だから、理屈的には感謝している。

一方で
父は情緒が安定的なタイプでは決してなかった。(今も、ない)
私が何か悪いことをしたから叱る、というのではなく
父自身が楽しい気分のときは遊んでくれたし、イライラしている時はなにもしなくても怒っていた。
自分の機嫌を、周りにぶつけるタイプなのだ。
イライラ、ピリピリした空気にびくびくしながら過ごしたり
ちょっと反論しただけで近所に響き渡る大声で怒鳴り散らされたり
仕事から帰った父に「おかえり」と言えなかった日は、それだけで食卓全部ひっくり返された(マンガみたい)

もちろん親だって人間なので
常に自分の感情をコントロールして、子どもに対して優しくして、
というのは無理な話だと思う。私も、きっと無理。

でも、父は
私にとっては少々度が過ぎていて
みなさんの中でもだんだん
なんとなく父の人物像が浮かび上がってきている頃かと思いますが
イメージ通りのTHE 亭主関白だったので
母も、思うところはありつつ、なにも言えない空気だった。

だから私は
感情的に怒ったり
怒った時に大声で怒鳴ったり
機嫌が悪いことで関係ない人にまでイライラをぶつけたり
ピリピリした空気を発したり
舌打ちしたり
他者(特に年下と女性)に対してえらそうな態度をとったり
そういう男性にトラウマを持っている。

今も、初めて会う男性がそういうタイプの方だと
その人が「実際は」どんな人であるかを知ろうとする前に
とっさに「いやだ」と思ってしまう。
本当は優しい人だったとしても、自分には何の害も及ぼさない人だったとしても
直感的に、離れたいと思ってしまう。

まあ、そこまではいいのだ。
ここまでは、さっき話した中での
「どんな人を好きになるか」
逆にいえば「どんな人は好きにならないか」
という点に影響しているだけだから。

でもその先が問題で、
幼少期から父とうまくやっていけないまま今日まで過ごしてきてしまったがために
「父親」というものに、無意識に求めてしまっていた感情が
いまだに満たされずにいるのだ。

これは私が、本当に勝手に作り上げた理想でしかないのだが
やっぱり「父親」という存在に対してわたしは
本当は、常にびくびく気を遣ったりせず「安心」したかったし
本当は、努力している私だけじゃなく、ありのままの私も認めてほしかったし
本当は、ちっちゃいわがままくらいは、しょうがないな〜って笑ってくれる包容力がほしかった。
要は、「安心して甘えられる男性」でいてほしかったのだ。

「求め過ぎだろ」と言われれば、ぐうの音も出ません。
おっしゃる通り。

でも、父親は
人生で初めて触れ合う異性、
そして結婚するまでは
人生でいちばん長く生活を共にしている異性。
だからこそ、
父親が「安心して甘えられる存在」だったかどうかは
その後の恋愛に、めちゃくちゃ影響すると思うのだ。

私の場合、「どんな人を好きになるか」はもちろん
実際に付き合ったり、結婚したりした相手に
「無意識に求めてしまっているもの」に対しても
父の影響をめちゃくちゃ受けている。

つまり、付き合っている相手や結婚相手(いまはしてないので、理想の結婚相手、という意味)に
無意識のうちに
満たされなかった理想の父親的存在でいてくれることを、求めてしまっているのだ。

「どんな私でも愛してほしい」
「多少のわがままは笑って受け入れてほしい」
「甘えさせてほしい」
「怒らないでほしい」
「私がいつも安心して甘えられる存在でいてほしい」

当然、親でもないのにそんな図々しいこと、まかり通らない。
聞いててイラッとした方、すみませんでした。
そんなことは、重々わかってます。

でも、だからこそ苦しいのです。

親で満たされなかった気持ちを
恋人や結婚相手に求めるのは、お門違い。
対等な関係なんだから、親のようにはいかないし
相手にも失礼。

頭ではわかっているのに
ゲームを禁止されていた子どもが、大人になってゲーム漬けになる、みたいなのと同じように

今さら取り返そうとしたって無理だ、とわかっていても
満たされない心の穴を
どうしてもふさぎたくなってしまうのが人間です。

そして、当然求めたようにはいかないから
また満たされない穴が深く深くなっていく。

私が求め過ぎているだけで、相手は本当に0%、なーんにも悪くないのに
私が勝手に落ち込んだり、悲しくなったり
どこかで「理想」を求めてしまって、
めちゃくちゃいい人だったはずなのに、だんだん付き合いがうまくいかなくなったり
はたまた、ただ「優しそうにしてくれる」だけの人をまちがって選んでしまったり。
もっと言うと、将来「家庭」というものを持つことに対して前向きになれなかったり。

だから
親の影響って
ゼロにはなかなかできないけれど
ないに越したことはないな、と思うわけです。

できる限りフラットな心で
穴のあいたまま枯れ果ててどうにもならなくなった土地は、いったんそのまま置いておいて
別の土地をまたイチからたがやすような気持ちで

親は、親。
自分は、自分。
今目の前にいるこの人は、この人。

そうやってうまく心を整理できる日が
くるといいな。

24歳/新卒2年目の会社員/エッセイスト,コラムニスト/早稲田大学文化構想学部卒業/趣味は美少女鑑賞です