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2020/11/04 【ぼくの世界、君の世界】

小学校6年生の国語では、西研さんの「ぼくの世界、君の世界」という説明文教材がある。僕のクラスでも、ちょうど先週終わったばかり。(進度的にちょっとまずいか??笑)

簡単に要約すると、人間には自分だけの世界があり、完全に理解し合うことはできない。だからこそ人は、理解し合うための努力をはじめるという主張。子どもたちにとっては、初めての哲学との出会いで、一人一人が自分なりの哲学をもつことがゴールだ。(ホントはもっと語り尽くせないほど深〜い話なんです。国語科の人ゴメンナサイ。)

きょうは、それをテーマに僕が思う哲学(もどき)を書きたい。


価値観の違い

違いを前提に、お互いの価値観を受け入れ合って生きていく。それは、生き方の幅になる。

でも、頭では分かっていながら、受け入れられないこともある。上司とのやりとり、同僚とのやりとり、子どもとのやりとりで、ついつい「なんでそうなるの?」と感じてしまうことがある。やっかいなのは、その瞬間的な感情自体は抑えることができないということだ。なので、そいつとどうやって付き合っていくかで、天国にも地獄にもなる。今日は、相手を受け入れる仕組みについて書きたい。


相手を理解できない時

自分の枠組みでモノを見てしまっている。だから、自分の価値観を相手に押し付ける形になってしまう。

ただ、そもそも相手のことをわかっていないというのが大きな要因だと思っている。だから、自分に都合の良いストーリーを考えて「相手の言っている意味がわからない」ということにして自分を納得させてしまう。

その結果、ネガティブな方向に話は広がり、自分の理論に強く固執してしまう。何のために話をしているのかさえわからなくなる。

お互いに理解できた時にしか生産性は生まれないということに、大人になってようやく気付くことができた。


お互いに理解し合う前に

お互いに理解するというのは、完全に価値観を一致させるという意味ではない。

相手の価値観を探り、お互いの譲れないところは何かを理解し、いい意味で折り合いをつけて前に進んでいくことを「理解し合う」ととらえている。

理解し合うというゴールに向かって、まず、自分にできることは何なのか。


ファーストゴール

それは、相手の理解に徹すること。あの、7つの習慣で有名なコヴィー先生も言っている。

「まず理解に徹し、そして理解される」

相手の心の声に耳を傾け、相手のバックグラウンドを理解する。そこにどんなストーリーがあるのかを理解できたら、ある程度は納得できるはずだ。だから、徹底的に理解しようとすること。ここまでは必ず実行したい。

と同時に、そこまででOKだと思う。相手を理解しようとして行動することが重要で、あとは、特別なことは何もない。


ファイナルゴール

合意形成という名のファイナルゴールは、自分一人ではたどり着けない。というか、場合によっては、フツーにたどり着けない。なぜなら、相手の力があってこそだからだ。

自分にできることは、相手を理解しようと行動することと自分の考えを説明すること。その上で、相手の合意をゲットできればラッキー。結論がどう転ぶかは、自分が完全にコントロールすることはできない。アドラーのいう他者の課題だ。


まとめ

相手を悪く思ってしまうのは、自分が相手のことをよくわかってない(わかったつもりになっている)から。価値観の違う相手のことを理解しようと行動することが、Win-Winの関係を築く手段。


これは、誰に向けて書いているかと言われれば、自分に向けて。自分自身を戒めるため。毎日をポジティブにブレずに楽しく生きるための覚悟みたいなもの。

明日もいい一日をつくろう!

「みんなちがって、みんないい」


小学校教師、パパとしての立場から発信し続けていきます!これからもよろしくお願いします!