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noteで何をするか

この世に生を受けてから今現在に至るまで、僕はいわゆる普通の人生を歩んできたわけじゃない。
誰だって人生の中に浮き沈みはあるだろうが、僕の場合その振れ幅が他の人より大きい。

小さな頃はとても社交的でどこに行っても可愛がられた。僕は毎週末千葉の祖母の家に遊びに行き、近くに住むおじさんと沢山遊んだ。
今でも年上の人と話す方が得意なのは、その時おじさんの友人たちに遊んでもらい、話をしていたからだろう。
おじさんは僕にとって父親であり、友人である。
そんなおじさんは医療機器の営業をしていた。だからお医者さんと接する機会が多かった。おじさんはいつも僕に「医者になれ」と言った。僕は医者になると決めた。『僕は医者になる』と小学校の卒業文集にも書いた。
僕が中学受験をして入学した学校は大学の系属校だったけど、その大学には医学部がなかった。だから今でも医者になりたいけど、医者にはいつでもなれるからその夢は一旦忘れて人生を歩んでいこうと思った。でも医者への憧れは捨てきれず、医療業界への関心は残ったまま。

故に僕はこのノートで医療業界について考察する。

小学生の時は学校のヒーローだった。頭も良くて運動もできて顔もカッコよくて、リーダーシップもあったからみんなにモテた。自己肯定感が高いのは小学生時代の影響が多分にあるだろう。
でも、中学・高校・大学時代は勉強には打ち込めなかった。ほとんど全員が大学まで決まってる状態で、医学部を目指すという方向に僕は向かえなかったことを恥じているし、後悔している。
勉強も少しやればクラスの上位にいけたからつまらないと思って継続はできなかった。何をやっても周りよりできた。だから努力を忘れた。それを今では後悔している。
中学には色んなところのヒーローが集まっていて、自分の居場所を見失った。だから心を閉ざしてスカしていた。自分の周りに分厚い殻を作り、自分を守って籠って自分の世界で生きていた。そんな自分を後悔している。
中学でサッカー部に入り、運動神経は良かったから最初はレギュラーだった。サッカーは本当に好きで、ちょうどサッカーを見始めたのがペップバルサの時代だったからサッカーを観ることにハマった。だが、次第にボールを使わない練習に飽きて部活をサボるようになった。継続力がないのは部活に行かなかったからだと後悔している。
中学時代も女の子にはモテたけど、高校になるとほとんど女の子とは絡めず、怖がられた。高校時代はゲームばかりしていた。ゲームなら何時間でも夢中になれた。部活にも入らず1人で家でゲームをしていた。それを今では後悔している。
中学時代の後半から高校にかけて、バンドを組んだ。オリジナルバンドだったから作曲活動が楽しかった。ボーカルだったからライブで1番目立つし、気持ちよかった。でもギターの練習は身に入らなかった。それを今では後悔している。

故に僕はこのノートでスポーツ、ゲーム、音楽について考察する。

大学時代は尖りきっていた。1年生の最初の授業、1番最後に着席した僕、の隣に座っていた人がてんかんの発作を起こした。僕は声をかけ、救護した。何人かの女の子がハンカチを差し出したり、救急車を呼んだりしてくれたが、男は誰1人として助けてくれなかった。その後、救護にあたってくれた女の子とL'Arc〜en〜Cielという共通点がきっかけで付き合った。僕には好きという気持ちはあまりなかったけど、ただ性欲を満たすためだけに付き合った。結局その子とは10年付き合うことになる。
サークルにも入らず、ゼミにも入らず、地元の友達と夜中にドライブして、バイトする日々が4年間続いた。バイトはやりがいがあったから4年間続いた。就職もスムーズに決まり、自分がどこまで通用するのかワクワクしていた。就職先が入社の月を選べたこと、外資系企業だったこと、社会に出るにあたり人とのコミュニケーションをもっと練習したいと思ったことで、6月入社を選び、2月〜5月までイギリスに留学した。イギリスは楽しかった!午前は語学学校に通い、午後は自分で決めた勉強をし、身体も鍛えて夜は外国人たちと遊び、充実していた。
帰国まで1週間になり、今までを振り返り、入社後の自分をイメージした。自分の今の英語力で仮にビジネスで英語が要求されたら仕事ができるのか?という不安が浮かぶ。不安はどんどん自分の身体を、頭を、心を侵食していく。止まらない。サッカーの試合も観られない、お笑い番組も面白くない、寝られない、食べられない。母親に電話したが、ふざけるなと怒鳴られ、父親に電話した。とりあえず日本に帰ってくることだけ考えた。
帰国後、すぐに病院に行き、薬をもらったが良くならない。内定をもらっていた就職先にも就職できなくなった。薬を大量に飲んだ。医者が匙を投げたから、大きな病院に移り、まず薬を抜いた。病名は今でも分かっていない。薬を抜いていた半年間、僕は朝から不安に襲われ昼間はリビングのソファで何時間も呻きながらうずくまり、夜は睡眠薬を飲んで寝た。寝る前に「明日になったらよくなってる」
と毎日言い聞かせていた。そのポジティブさがあったから入院せずに耐えられたんだと医者に言われた。
半年後、自分に合う薬が見つかり調子はどんどん良くなった。時間を持て余していたので沢山の映画を観た。

故に僕はこのノートで映画について考察する。

調子が良くなり、バイトをし、就職活動をし、公認会計士を目指し、体調は浮き沈み。でも今は元気。
就職に向けてゆっくり動き出し、友達と沢山会い、喫茶店に通い、フットサルのサークルに入り、本を読み、運動をする。人と接すると心が成長痛を起こすけど、なんとか自力で、他人の力を借りて前に進んでいる。エリート街道から転落し、誰も歩んだことのない道を進むのは大変だけど、きっと神様が自分に嫉妬して試練を与えたのだと思い、反骨精神が湧き上がる。エネルギーが余っている。

故に僕はこのノートで考察する。

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