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【読切短編:文字の風景⑬】惑星・月

無音だ。何も見えない。

息をする事すら許されない静謐の中に、この物質は静かに浮かんでいる。角礫岩に覆われた大地は見渡す限り荒涼としていて、寒々しい。降り立てば、白い大地と真っ暗な宇宙空間が織りなすモノクロームの世界が広がっていて、トーキー映画の中に紛れ込んでしまったような心地だ。

不意に、強烈な光が目に差し込む。強烈な太陽光。地球の大気のように、光を和らげてくれる存在は無い。ああ、こちら側まで回ってきてしまったのだな、と思う。

モノクロームの世界は目が眩んで、真っ白に消えてゆく。

その中で、たった一つ青く光る惑星。私は今、月とひとつになっていく。今あの惑星に届く輝きは、月と私が届けた光だ。

***

群青のくすみ無い空に、ぽっかりと光の穴が開いている。

この世界は外から青い紙で包まれた天体ドームで、誰かが悪戯に空けた穴から、本当の外の世界が差し込んでいるのだ。昔そんな軽口を叩く友人がいた。私は今もその嘘が好きだ。

月は地球の衛星で、同じ軌道上をぐるぐる回りながら地球のそばを離れない。太陽に照らされて、地球に届ける姿かたちを変えながら、その物質はこの先もずっと存在し続ける。それは子供の成長を見守る母親のような温かさを私たちに想起させる。人間は皆月が好きだ。

私もきっと誰かの衛星で、私自身にもきっと誰かが衛星になっている。そうやって、回り回って、巡り巡って惑星も人間も繋がっていく。そう思えたら良いなと思う。

死んだ人間は天に昇って星になる。ならば、月も間近で見るのだろうか。こんなに遠くから見てる時は煌々と照って美しい月。あれはもう、惑星としての寿命は全うしているらしい。

きっとあの時の軽口は、彼女自身の救いの手だった。

彼女の為に、私はあの嘘を信じたい。

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