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【短編小説】 何やってるんだ、自分

その日も、狭い研究室で一日中パソコンの画面に向かっていた。キーボードを叩く音だけが部屋に響いている。同期たちは、自分とはまるで別の世界にいるかのように、それぞれの作業に没頭している。誰も自分に話しかけない。自分も話しかける気がしない。


「何やってるんだ、自分…」


ふと、心の中でつぶやいた。学部を飛び級して、総長賞を受賞したのはいいが、自分の潜在意識を周りに理解してもらえることができずに、ただ成果を求められる日々。頑張って結果を出して、学会で賞をとっても、誰も褒めてくれない。かえって冷たい目で見られる。居場所のない研究室から逃げ出すように、海外の企業に就職することを決めた。


飛行機の窓から見下ろす街の灯りは、まるで自分の心の奥底に灯っている小さな希望のように見えた。新しい環境、新しいスタート――そう信じたかった。しかし、現実はそう甘くなかった。現地に着いても、英語の壁は高く、業務の理解もままならない。周りの学生たちは、明確な目標と情熱を持って前に進んでいるのに、自分だけが取り残されているように感じた。


「自分は一体、何をしているんだ?」


毎晩、異国の狭いアパートで自問自答を繰り返す。何のためにここにいるのか、何のために勉強しているのか。答えは見つからない。周囲とのコミュニケーションも、将来の方向性も、自分の中にある空虚さを埋めるには程遠い。


思い描いていた未来とはかけ離れた今を、無力感と共に過ごす日々。時計の針は進むが、自分はどこにも向かっていない。ただ、その場に立ち尽くしているだけだと感じる。


けれど、夜が明けるたびに、何かが変わるかもしれないと、心の片隅でわずかな希望を手放さない。英語ができなくても、目的が見つからなくても、自分を見失ってしまったとしても、どこかに、まだ何かがあるのかもしれないと。


その微かな期待だけが、次の日の朝を迎える力を与えてくれる。自分が何をしているのか、何のために生きているのか、まだわからない。でも、もしかしたら、その答えを探すこと自体が、生きる意味なのかもしれない。

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