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パンドラの箱~池井戸潤『七つの会議』

 始まりは、パワハラの告発だった。

 誰もが認める会社の稼ぎ頭であるエリート課長・坂戸を、「居眠り八角」と呼ばれる万年係長・八角が訴えて出た。

 役員会が、どちらの肩を持つか、は自明とも言えた。

 しかし、役員会が下した決定は、その予想を大きく裏切るものだった。

 一体なぜそんなことになった?

 坂戸の後任となった、原島が八角に問う。

 その答えは、大掛かりな会社の「闇」とも言うべき内容だった…。


 短編連作の形を取っている。

 それが、私がこの『七つの会議』を手に取った理由の一つだったと言って良い。

 まず1話目で、舞台となる会社の設定、そしてメインの事件として、八角によるパワハラの訴えと不可解な人事が語られる。

 そして終盤で、八角によってほのめかされる、物語の核と言うべき会社の「闇」の存在。

 たとえていうならば、「あっと驚くプレゼントがあるよ」、と言われ、箱を目の前に置かれた状態、だろうか。

 中身はわからない。気になる。

 だが、包装紙を破いたところで、今度は逆のことを言われる。

「開けない方が良いかもね」、と。

 だが、ここまで来て、箱の存在を忘れること、本をおいてそのまま何もなかったようにふるまうなど、できるだろうか。

 二話目では、箱の中身について、ほんの少しだけ、ヒントがもらえる。

 だが、まだ足りない。

 そのまま三話目、四話目と読み進む。

 箱の周りをぐるぐるとまわっているかのようで、じれったい。

 四話目で、何か「触れればヤバイ」らしい物がある、とはわかる。

 だが、一体何がある?なぜ、こんなにも触れられるのを嫌がる?

 毒だ、とはっきりわかるラベルを貼られたとしても、この時点で、掌は箱のフタにぴったりと張り付いている。

 見たい。開けたい。このまま開けずにいられるものか。

 そして、5話目。カスタマー室室長の視点から、その闇の詳細が明らかになり始める。

 ページをめくるたびに、箱のフタがそろそろと開いていく。

 明らかに危ないもの、中身を全部ぶちまけてしまえば、「自分の部屋」だけでは済まないレベルの被害をもたらすだろうものが、中にある。

 「いけない」、と隠したがるからこそ、見たくなるのは人の心理だ。

 箱から漏れた「闇」が、広がっていく。

 こんなにも根深いものだったのか…、とその大きさに慄きながら、背中に冷たい物を感じながらも、ラストへ、「万年係長」であり、闇の全てを知る存在である八角によって、箱がひっくり返される、最終話のその瞬間へと進んでいく。

 

 読み終わって思ったことの一つは、

「…就活中には、読みたくない本かもしれないなあ」

 それなりに夢は持っていたいし、大切にしたいから。

 完全に対岸の火事として笑って見ることができるなら、別にかまわないが。

 「会社」という存在そのものの抱える「闇」が、これでもかというくらいに書かれている。

 また、読んでいてもう一つ印象的だったのは、登場人物一人一人のバックストーリーの設定の細かさだ。

 しかも、設定は、それぞれの視点の話の中で語られるから、うるさい感じがしない。

 しっかりした太い柱に支えられた部屋が8つ、それが集まってできているのがこの『七つの会議』と言うべきだろうか。

 
 ここまで書いたところで、今更ながら、映画を見損ねてしまったことが悔やまれてきた。

 ドラマも確かあったはずだ。

 もっと言うならば、もっと早く池井戸潤の話を手に取ればよかったかもしれない。

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