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映画『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』~喪失感の中で

 それは唐突に降りかかった出来事だった。

 テキサス州ダラスでのパレードの最中に、夫は、頭から血を流して倒れた。

 病院に運ばれるまでの間、隣に座っていた妻は、ずっと夫の頭を抱えたままだった。そして、夫の棺と共に帰還した時も、彼女は血でまみれたスーツを着替えることなく、ワシントンに降り立った。

 何が起きたのかを、世界に見せるために。

 

 映画『ジャッキー ファーストレディー 最後の使命』は、ケネディ暗殺から葬儀までの4日間を、妻ジャクリーン・ケネディの視点から描いた物語である。

 主演はナタリー・ポートマン。

 99分という時間をかけて、じわじわと喪失感が染みてくる話だった。

 突然の夫の死。これから、という時に、彼は死んだ。

 そして、ワシントンに帰る飛行機の中では、副大統領ジョンソンが昇格し、新たな大統領としての宣誓を行うなど、周囲は先へ先へと動き続ける。

 時代は冷戦の真っただ中である。いつ何が起きるか、わからない。

 その中で、死んだばかりの夫は、既に過去の存在として扱われ、忘れ去られようとしている。

 ジャッキー自身も、ファーストレディとしてのアイデンティティを失った。彼女が改修を手掛けたホワイトハウスも、明け渡さなくてはならない。それに、幼い子供たちもいる。母として二人を守らなくてはならない。

 そして、何よりやらなくてはならないのは、夫の葬儀の手配。

 この葬儀に、ジャッキーは神経を注ぐ。

 強い意思のもと、彼女は、暗殺される危険も冒して、自分一人だけでも夫の棺とともに歩くことを主張するのである。

 忘れさせはしない。

 大統領に就任した大勢の中の一人として、夫を歴史の中に埋もれさせはしない。

 夫J.F.ケネディを、永遠に歴史に刻む―――それは、彼のパートナーである彼女にしかできないことだった。「ファーストレディとしての最後のつとめ」だった。

 その目的が彼女を支えた。

 終盤、葬列を組み、各国の要人たちの前を、義弟と共に歩く喪服姿の彼女は、崇高で美しい。芯の強さ、気丈さと同時に、底なしの沼のような喪失感もまた、沁みてくるのを感じる。

 

 ケネディは、就任期間は3年にも足らない。

 ジャッキーがいなかったら、名前を聞いただけで顔がすぐに浮かぶ、という存在にはなり得なかっただろう。


人はいつ死ぬと思う・・?
心臓を銃で撃ち抜かれた時・・・違う
不治の病に侵された時・・・違う
猛毒のキノコのスープを飲んだ時・・・違う!!
・・・人に忘れられた時さ・・・!!(『One Piece』)

 

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