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21冊目『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』/石井好子

 玉子というものは、いまではどこの家の冷ぞう庫にも、常時二つや三つおいてある、手近にあるたべものである。その玉子を例にとって、「玉子一つだって、おいしくもまずくも食べられるもの」ということを書きたかった。(P.108)

 本書は『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』の姉妹本。著者が雑誌『暮らしの手帖』で執筆していた五年間が纏められた本でもある。

『巴里』の感想文記事で書き忘れてしまったのだけれど、『巴里』も本書も、三〜四年ほど前にAmazonの欲しいものリストから頂いた本です。贈って下さった方が本記事を読むことはきっと無いと思いますが、改めて感謝を。ありがとうございます。

『巴里』では著者──石井好子女史がシャンソン歌手だった時代を中心に、海外で女史が食べたもの、仲間に振る舞った手作り料理の話が綴られていました。
『東京』では前作に続き、歌手時代のエピソードの他、〈オムレツの石井さん〉と呼ばれるようになってからの生活や活動が描かれている。また、料理に関する話だけではない。立て続けに亡くなった夫・父との思い出。『巴里』を執筆した理由。“料理はすべて手作り”主義だったのに、出来合いの料理や冷凍食品(パイシート)を活用するようになった、著者の料理に対する変化なども数多く練り込まれており、『巴里』とは違った読みごたえがあります。
 ところどころリンクしている部分もあるので「正に姉妹本!」って感じ。一二〇%愉しむなら『巴里』→『東京』ルートだが、本書単体でも十分愉しめる。

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 タイトルに『東京』と付いているだけあって、本書では日本食が多く登場している。日本の“家庭の味”の定番、煮っころがしや肉じゃが、更に沖縄のチャンプルーまでラインアップは様々。個人的に嬉しかったのはチャンプルーが紹介されてた点。沖縄料理大好き女なので、言及されたページを読みながら滅茶苦茶テンション上がりました。
 まあ、あれだけ海外の料理を幾多も食したお人が、沖縄料理を食べないなんてちょっと考え難いなぁ……と冷静に考えれば分かるんだけども。あの時の私は冷静じゃありませんでした。本キメてた。


 まるで写真の無いレシピ本のようだった『巴里』とは反対に、『東京』はレシピ本感が無い。
 いや、無いは言い過ぎた。
 薄い。
 相変わらず出てくる料理はどれも美味しそうだし、腹の虫も『くわせろ! くわせろ!』と喧しいけれど、前作ほど印象には残らない。その点は、料理エッセイとしては「ちょっと物足りないなぁ」と感じる人も居るだろう。正直、私も少し感じた。
 が、料理に関する直接的なエピソードよりも印象深い内容が、本書にはあった。
 イギリスの飯マズ話である。

 イギリスに行ったことのある人もない人も、口をそろえて、「イギリスの食べものはまずい」という。たしかにカサカサのゆで肉はまずかった。(中略)しかし、イギリスのたべもの全部がまずいと決めつけるのは、まちがっている。(P.180)

 本書によると、一九八五年頃には既にイギリス=飯マズと認識されていたらしい。シンプルに驚きである。国を擬人化したマンガ『ヘタリア』では確かに、イギリスに対してフランスが「お前んち飯マズ国家ー!」みたいな発言を事あるごとに(結構昔から)していたコマを何度か見た記憶がある。真偽不明だが、観光客に向けて地元イギリス人が「ガイドブックに載ってる店よりも、世界的チェーン店で食事した方が良いよ」なんてアドバイスをした──なんて話も耳にしたことがある。
 果たして、イギリスの料理は本当にマズいのだろうか。
 うーん、肉じゃがの元ネタであるビーフシチューは普通に美味しそうだけどなぁ。けれど『魚の頭が空を見上げるように突き刺さったパイ』は美味しくなさそうというか、それ以前に夢に出てきそうな美的センスの無さだしなぁ……。分からない。そもそも、イギリス料理が、ビーフシチューとフィッシュ&チップスしか思い浮かばない時点で詰み。

 しかし、『イギリスのたべもの全部がまずいと決めつけるのは、まちがっている。』は、かなり真理なのではと思う。

 少し話が逸れるが、私にはお気に入りの料理番組(?)がある。
 一つは『ブリティッシュベイクオフ』。菓子作りを得意とする“ベイカー”十二人が、指定されたお菓子やパンを作り、腕を競い合うという分かりやすい番組である。
 審査員以外は全員アマチュアなので、正確には料理番組とは言えないかもしれない。が、ベイカー達が作るお菓子やパンが独創的且つ、ものによっては「食べてみたい!」と思うほど本当に美味しそうなのです。毎週誰か一人が脱落するドキドキの展開は勿論、『生地を作る』『焼く』しか書かれてない不親切極まりないレシピを配られて困惑するベイカー達を観るのも愉しい(なのに、しっかり完成させるベイカーも居るから心底感嘆する)。
 もう一つが『ジェイミー・オリヴァーの15mm』。これは正真正銘の料理番組。カロリーと栄養バランスも考慮されたディナー(ないしランチ)を十五分で作ろう! というコンセプトで構成されており、料理のジャンルは多国籍。日本の『キューピー3分クッキング』を五倍にした感じ。だけど、既に調理済みのものと差し替えたりはしない。
 時短テクニックとして、やたらフードミキサーやティファール的な保温機能付き自動湯沸かしポットを多様するし、飾り付けの際に「そんな上空から振らんでも」ってツッコミたくなるほど上空からハーブや柘榴の果実を鏤めたりする。こんなんマジで一五分で出来るかーい! って言いたくなる時もあるが、完成型は華やかさを持ちつつ、家庭的なラフさもあって良い。何より美味しそう。個人的に、彼が作る魚料理が好きです。ハーブも豊富に使っている所がポイント高い。

 何故、上記二番組の話題を持ち出したのか。それは、二番組がBBC──イギリスのテレビ局で制作された人気番組だからです。
 二番組を観ていると深く感じる。『イギリスのたべもの全部がまずいと決めつけるのは、まちがっている。』と。

 要は、イギリス料理の何が美味しくないのか、なのでは。
 少なくとも、ティーパーティーに出てくるお菓子には期待出来そうな感じがする。胡瓜のサンドウィッチには『栄養価が無く育て難い野菜をわざわざ栽培して調理した“贅沢品”』の意味が込められているらしいので全く食指が動かないが。それ以外のお菓子やパンは、『ブリティッシュベイクオフ』を観ていると美味しい一品を食べられそうな気になってしまう。
 一般家庭の料理だってそうだ。果たして、イギリスの家庭で伝統料理を毎日忠実に作る家はどれほどあるだろう?
『飯マズ』と決めつける人達は、一体どれだけのイギリス料理を知っているのか。そして、実際に食したのか。ちょっと疑問だ。

 そういう、“食”の文化的印象、或いは一方的な決め付けを、改めて考える良いキッカケになる本だと思う。
 キッカケと表現すると、大袈裟で大仰だろうか。小難しい意味は無い。ただ単純に、美味しくて愉しい娯楽的な『巴里』とは一味違う、ピリリとスパイシーな味付けが『東京』にはあるんだヨ! と言いたいだけです。取り敢えず読んで。

(了)


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