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18冊目『いまさら翼といわれても』/米澤穂信

 <古典部>シリーズ六作目にして、初めて四六判も発刊された本書。
 四六判発刊当時、文庫判を待つか否か、随分と迷いまくったものです。結局、読みたい欲求に駆られて四六判を購入。その後「なんか読み難い」「前五作と並べた際、圧倒的にバランスが悪い」などの理由で文庫判を買い直すという金の無駄遣いじゃなくて著者に二重課金する事態になった。

 二冊並んだ『いまさら翼といわれても』を眺めながら、毎回思う。
 大人しく文庫本を買えば良かった──と。

 同時に、文庫サイズに慣れきってしまった自分にも気付く。
 昔は移動時に読むなら当然文庫本だけど、休日に家で読むなら絶対四六判! と、拘りみたいなものを抱いていたのに。今では文庫判や新書判ばかり選んでいる。
 お陰で、四六判を読むと疲れるんだよなあ……なんて、本の内容とは全く関係のない私事は此処までにして。

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 本書──『いまさら翼といわれても』は、シリーズ四作目『遠まわりする雛』同様に短編集であり、奉太郎たちの“日常パート”総集編である。そして、今まで謎だった奉太郎に関するアレコレが紐解かれたり、高校二年生らしく彼らの将来について触れた一冊でもある。

 一篇目『箱の中の欠落
 時は前作『ふたりの距離の概算』で行われたマラソン大会後の六月。奉太郎と里志が夜の街を歩きながら、生徒会長選挙の開票作業時に発生した「生徒総数と実際の票数が合致しない事件」の解明に挑んでいる。
 票の数が生徒の数よりも“少ない”のなら分かる。が、何故、約一クラス分も“多く”票が集まってしまったのか。
 その謎を考える話でもあり「理不尽に下級生を責め立てた選挙管理委員長に一泡吹かせてやろう」という話でもあります。

 二篇目『鏡には映らない』では、これまで幾度か想起されたりサブリミナル的に挿し込まれていた「折木奉太郎は鏑矢中学の同級生から嫌われている」という部分が明かされている。
 古典部員として活動を共にするまで、奉太郎に対して少なからず悪感情を抱いていた摩耶花。ある日、街中で偶然再会した中学の同級生に言われた一言から「どうして折木奉太郎は、元クラスメート達から嫌われる事態になったのだろう」と過去を振り返り、その原因となった「卒業制作の事件」の真実を探るために動き出します。

 三篇目の『連峰は晴れているか』では、中学の男性教師を思い出した事をキッカケに、奉太郎が「気になる」と言葉を発して自ら調査に乗り出します。
 あの“省エネ”主義者が、好奇心の権化みたいな発言してる……!!
 これには里志と摩耶花もビックリ。えるに至っては「折木さんが何を気になったのか気になります!」となる。気持ちは分からんでもないが、そこまで驚かなくても……と読者は微苦笑を禁じ得ない。そりゃあ奉太郎だって「気になる」って感じる事はあるでしょうよ。『ふたりの距離の概算』だって自ら動いたんだからね! 一言も「気になる」とは言ってなかったけど!
 因みに、個人的には「奉太郎とえるの放課後デート in 図書館」回だと思っています。

 四篇目『わたしたちの伝説の一冊』は、進級前の二月から進級後の五月に亘って描かれる、伊原摩耶花の物語である。
 昨年の文化祭(『クドリャフカの順番』)以降、内部分裂してしまった漫画研究会。派閥間では様々な問題があるようだけれど、摩耶花は派閥問題など気にもせず、ただ直向きに漫画を描き、雑誌へ応募したりしていた。
 しかし【或ること】をキッカケにして、摩耶花は漫画研究会の権力争いに巻き込まれてしまう。そして、【或る人】に呼び出されて予想だにしなかった話を持ち掛けられる──。
 別名「伊原摩耶花が漫画研究会を辞するまで」

 五篇目『長い休日
 ついに奉太郎のモットー「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」の誕生秘話が明かされます。
 これがまた、切ない。でも、何となく身に覚えのある話でもある。本篇を読んだ後「私も似たような経験したことあるな」と感じる人が、一定数居るはず。そんな“ありふれた理不尽”が描かれている。
 因みに、個人的には「奉太郎とえるの掃除デート in 荒楠神社」回だと思っています。ふたりの距離が確実に縮まっているゾ……!!

 六篇目『いまさら翼と言われても』は表題作であり、衝撃の展開を迎えた話でもある。
 あんまり語ると壮大なネタバレになるので暈かして書くが、夏に行われる神山市主催の合唱祭の本番前、ソロパートを任されていたえるが行方不明になってしまう。摩耶花からの一報で知った奉太郎は、えるの行方を探りつつ失踪した動機を導き出そうとする。

 この六篇目が、千反田えるの分岐点となっていると言っても過言では無いだろう。

 どんな豪農の跡取り娘であっても【千反田家】の肩書きを取ってしまえば、えるは【普通の女子高生】に過ぎない。摩耶花のように夢を追って完成した漫画を応募したり、将来に悩んだって良いのである。寧ろ、それが普通であり当たり前なのだ。
 その「普通」で「当たり前」のことに気付かされた人間は、果たして、如何にすれば良いのだろうか。

 今後の展開に期待せざるを得ない締め括り方をしてくれた本作。
 奉太郎のモットーの原点が知れたのは嬉しいことだし、摩耶花が前向きに漫画家を目指す姿を見るのは愉しい。奉太郎とえるの関係がどう変わるのか、くっつくのか否かも気になる。
 けれど、何よりも気掛かりなのは、千反田えるの未来である。
 高校生活も折り返し地点を迎えた彼女が、残された時間をどんな風に過ごすのか。どう歩んでいくのか。わたし、気になります。

(了)


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