絵画で綴るショートショート韻文劇『お為ごかし』6267字 読了時間3~5分
絵画で綴るショートショート韻文劇『お為ごかし』
作 飛鳥世一
収録絵画
作 Louis LE NAIN ルイ・ル・ナン
タイトル La Charrette 1641 荷車 1641
作 Georges de La Tour ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
タイトル いかさま師
■
影すら重なることもなく
近づきすぎることを避けるように~
二人で歩いているとは云えない距離を保つ
別に喧嘩をしているわけではない
寄せ付けぬのである
あからさまな
白々しさとでも云えばよいだろうか
"都合"の良い距離を保つことに意識は向かう
喧騒が心地よかった
交差点で立ち止まることに躊躇う
ワザとに
道を大きく
迂回し
狭い路地を
好んで歩いた
「玲子を誘って訪れてはみたものの、やはり失敗だったか…… 」
画壇界隈でも人嫌いで知られ
自ら出不精であると任ずることを憚らない画家 益子達也は
苦し紛れの関係修復に
画を鑑ることを宗川玲子に提案した
そろそろ頃合いかと誘いだし街へと繰り出してみたものの……
「やっぱり失敗だったか…… ヴィエナ以来……。2年だもんな______ 」
経ちどころなのか……
気まぐれ極まりなく
失せてゆく時間に
遠慮は微塵も感じられない
女四十前ならなおさらか
あれは
今から2年前
ヴィエナのレオポルド美術館を訪れ
エゴンシーレ作
「鬼灯のある自画像」にむきあったのが最後だった。
【たっちゃん、鬼灯の実って食べたことある ? そう______ わたしも子供の頃に食べたことあるけど、妊娠したら食べさせちゃ駄目よ…… 流産しちゃうから】
達也は玲子の口がヴィエナでこの言葉を吐き出して以降
帰国ののち自ら進んで玲子に連絡を取ることはなかった
月を追うごとに玲子からの連絡は
手練手管を駆使したものとなっていた
それでも達也は自ら積極的に連絡を取る気にはなれないまま2年の歳月が流れていた。
逢いたかったと云って
君は信じられるかい
ウソよと君は云うだろ
寝たいだけじゃない
おまえはきっとそう吐き捨てる
地文凡て韻文 「あいうえお」順
■
「…… 益子先生は本当に勝手な人よね…… 自分の都合の良い時だけ呼び出して。どれだけ振りかわかってて ?」
玲子は達也を益子先生と呼び、些か情を交わしたもの同士とは思えぬ口ぶり、口角に冷笑を滲ませた口ぶりで憎まれ口を紡ぎあげる。達也はそれには直ぐに応じるようなことはせず、歩く速度を玲子にあわせるように歩幅を狭める。怜子と自分の躰が重なる距離になるのを待った。が、怜子の脚は達也と並ぶことを拒否するようにその歩みを止めた。
達也は玲子に向き直り「悪かったよ」サラリと云ってのけた。
達也は別に悪いとは思っていなかった。
マンションのゴミ出し。時折顔を合わせる同じフロアーの妙齢のご婦人に掛けられる「おはようございます」に返す「ごきげんよう」と同じ性質のものであった。そう。画家、益子達也は時と場合により「ごきげんよう」という言葉を好んで使う人種でもあった。
【近づきにくかろう。ごきげんようと返されれば】
そう。確かに"ごきげんよう"と宣(のたま)う人種においては、ごきげんようと返す人種しか傍には寄せぬものである。従って、日常生活で袖すり合う流れの中、めったにお目にかかることが出来ぬのが"ごきげんよう人種"であると思い込んでいた。
「悪かったよ…… ヴィエナから戻って、立て込んでいた注文の画を仕上げていたら、いつの間にか…… メールも電話も返信してたしさ……」
達也は、この2年間の忙しさを、余計な刺激をせぬよう言葉を選びながら玲子に告げた。達也の人嫌いにも通じてくるところだが、自由人でいたいのである。自分の行動が第三者の介入によって左右されることに不条理感を抱くことに我慢がならないのである。
達也の言葉を聞いていた玲子にしても腹の虫がおさまらない。言い分を聞いてやるという寛容さよりも、二の句の準備に余念なしを漂わせ、相手の出方を覗う雰囲気を湛えていた。
「そりゃぁ分かるわよ。素人じゃないんだから、忙しいのだろうなぁぐらいは想像もつくわ。でも…… 」玲子の責め句は途切れることが無かった。
達也の折り返しの電話姿勢、使う言葉、思いやり、愛情表現と人格にまで及んだ。
こういう言い分を聞くと云うと達也の場合は具合が悪くなるタイプに分類される。我慢することに不条理感を感じることが抑えられないのである。
【溜まってるな________。だいぶ。そうだ想い出したぞ。ヴィエナから戻って半年少し過ぎた頃だったか…… 怜子からのメールでビックリさせたいことがあるから近いうちに会えないかしらってメールが来ていたっけ……】
「玲子ちゃん、そのビックリさせたいことっていったい何だったの ? 前にほらメールで書いて送って来てたじゃない」
怜子の顔に血の気が戻り、瞬時に秋薔薇の三番花を想わせる柔らかな赫みが射した。
【射し彩だ。この赫は玲子の射し彩だな…… 】
「ないしょ ! ! 今迄放っておいた罰ヨ。少しぐらい"なんだろう"って悩んでみてちょうだい。2年ヨ。2年。2年も放っておいて…… 二年ありゃ、大抵のこと…… 何だって出来るのよ !」
「なんだか怖いねぇ~ 穏やかじゃない(笑)」
怜子は達也の言葉には応えなかった。
「ほら、着いたわよ」目的地である東京国立ミュージアムへの到着を促した。
正面には「ルーブル美術館・フランスの最も暗い夜明け前・希望を射した絢爛のシュリー翼展 バロック・ロココ・ネオクラッシックへの誘い」という大きな看板が掛けられていた。
広大な展示面積を誇るルーブル美術館は、RICHELIEU翼、DENON翼、SULLY翼と三つの展示ゾーンに分かれており、地下2階から地上3階まで時代ごと美術史の変遷ごとに分かれている。中でも「SULLY翼 シュリー翼」はフランス美術芸術と縁浅からぬ芸術家の作品の集積場として知られていたが、展示場としては奥の奥に在しており、RICHELIEU翼の下層からSULLY翼のバロック・ロココ・ネオクラッシックゾーンまで行こうとすると1日で辿り着くことは至難の技としてルーブルファンには知られていた。
東京国立ミュージアム「ルーブル美術館・フランスの最も暗い夜明け前・希望を射した絢爛のシュリー翼展 バロック・ロココ・ネオクラッシックへの誘い」展は、そのシュリー翼に掛けられた作品を一堂に眺めることが出来る機会となった。
感染症対策下、入場は完全予約制だったものも、今ではすっかり自由入場へと切り替わっていたが、発券ブース前にはマスクをすることへの推奨が掲示され、自動で発熱を検知するモニターカメラが据え付けられ、「正常です」という自動音声を聞いてから発券ブース前に移動することが義務付けられていた。
「で、ここに来ることは聞いていたけれど、何が鑑たかったの? どうせ、なにか鑑たい画があったのでしょう ? 」
「うん。ル・ナン兄弟って玲子ちゃんも知ってるだろ ? 」
「チョット暗めの画を描く…… 珍しく裕福な家柄の兄弟画家よね」
「そうそう。その画とさ、ラ・トゥールも来てるからね鑑ておきたいじゃない」
「でも、たっちゃん、ルーブルは何度も行ってるじゃない ? 」
「行ってるけどさ、知っての通り、へとへとになるじゃん。あそこ。目的をもって一つ一つの作品に向き合おうと思ったら、パリに棲まなきゃ無理だって。」
「そうよねぇ_______ 判るわぁ~ わたしもパリに行くたびにルーブルは立ち寄るけど、いつも何処かしら工事してるし。結局はサントノーレやヴァンドームをうろつく時間の方が長くなっちゃうもの。館内にテントでも張れたらいいのに。そしたら時間を気にせず見られるじゃない 」
「そうかなぁ…… 怜子ちゃん、本当はヴァンドーム広場にテント張りたいんじゃないのカカカカカァ」達也は云って大笑いを玲子に向けた。
「相変わらず嫌味な男ねぇ…… ル・ナン兄弟の画は何が来てるの ?」
「荷車っていう作品とトリック・トラックと、農民の一家なんだけどさ」
「荷車と農民の一家はなんとなく想い出せる気がするんだけど、トリック・トラックていう作品は分らないわ……多分鑑たこと無いんだろうなぁ」
「まぁ、トリック・トラックはラ・トゥールと鑑比べると意味がありそうだからね。これは僕もはじめて鑑るから楽しみなんだよ」
「どうせ、自分の目的の画まで直行したいのでしょうけど、たまにはわたしの鑑賞スタイルに付き合ってくれても良いんじゃなくて ? 都合よく呼びだされたのだから。2年も放っておかれてさ」
「判った判った。仰せのままに」
達也は逆らいませんというように、玲子に道を譲ると後ろから玲子の背中に手を当てがった。
「たっちゃん、押さないでよ。混んでいるのだから」玲子の口から出る言葉に柔らかさが戻っていた。いつの間にかたっちゃんと呼び始めていた。
「これ ?」
「そう。この作品だ_______。」
二人の脚は、Louis LE NAIN ルイ・ル・ナン作 La Charrette 1641 荷車 1641の前で停まった。
「こういう色は僕には使えないなぁ」
「今の時代じゃ売りにくいわねぇ…… こういう色彩で描かれた画を飾るに相応しい家が建たないもの。モチーフも厳しいわよね。美術館に掛けられて存在感を高める作品だわ」
「商売人だねぇ~玲子ちゃんは。」
怜子は建築会社とのタイアップを通じ、新築の邸宅に飾る画をプロデュースしたり、先に飾る画を決め、飾る部屋をプロデュースしたりする仕事にまで手を広げていた。さらに部屋をプロデュースした後は、その部屋に飾る画を自分の画廊からレンタルするなど上手の手から水がこぼれ落ちぬよう工夫をし、クライアントからの好評を得ていた。
「どう怜子ちゃん、この画は。何か感じる ?」
「子供が多いでしょ。大人っぽいのは2人かな_______子供達の顔がなんとも云えないわよね。」
「なんかこう…… 屈託のなさみたいなものが感じられなくって。あの位の年齢の子供でさ、なにかこう世の中を儚んでいると云うか、悟り切っていると云うか…… そう… 妬み? 嫉み? 僻み…… そう_______"どうせ"よ"どうせ"。まるで画を描いている画家の大人を見る目が"いかさま師"でも見ているように感じられるのよ」
「それとは対照的にこの大人の女性の顔みてよ。多分、画家のル・ナンからモデル代の謝金でも受け取ったのよこの女性。なんかサービス満点なモデルだと思わない ? そういう大人の場面を見ている子供たちの目が、まるでいかさま師を観ている様に感じられるのね。画から感じられる雰囲気は北方系の薫りがするのだけど。風俗画としては寧ろ農村部の現実と疲弊を炙り出そうとしている様に感じるわよね。それとこの画家さん、朱(赫)を射し彩として置くことが拘りなのよね。ほら、後ろの農民の一家も朱(赫)を射し彩に使っているじゃない。この朱の意味への探求はチョット楽しめそうよね」
「いやぁ、流石玲子さん。この2年の間に眼は益々磨かれたようですな ! 君は今大切なことを云ったよね。いかさま師でも見ているようだと」達也の手は、怜子の背中に当てられたままだった。
「ちょっとあっちへ行ってみよう」達也はそういうと次の展示室むけて玲子の背中を優しく押す。
「あら……ラ・トゥールね」
「君はこのラ・トゥールのいかさま師とル・ナン兄弟の画が、ルーブルのシュリー翼に一緒に掛けられていることは知っていたのかな ? 」
「知らない知らない……」
「だとするなら、君の言葉はシンクロニシティーを生んだんだよね。これは凄い洞察力だぜ。さらに言えば、こっちの画だけど…… トリックトラックというタイトルだけどさ________ほら…… 」
「まるでラ・トゥールのいかさま師…… いやカラヴァッジオのいかさま師みたい…… 」
「だろっ?」
「でもさ、ル・ナン兄弟って、カラヴァッジェスキというわけでもなかったんでしょ?」
ルナン兄弟のトリック・トラックに向き合ったまま玲子は言葉を続けたが、その言葉には幾許かの汗の流れが達也には感じられた。
【なにかが玲子をこの2年の間に変えている。なにか、一筋縄ではゆかぬ図太さを身に纏っている。なんなのか。僕が面倒くさがり真面目に相手をしなかった2年。ヴィエナの旅で僕が感じた嫌な予感から2年。あれから2年の間、玲子の身の上にはいったい何が…… 二年ありゃ、大抵のこと…… 何だって出来るのよ !】
「ほらっ、たっちゃん行くわよ」
怜子の声は通路の先から届けられた。気付かぬうちに達也の手は玲子の背中を外れ、空気をなぞっていた。
「考え過ぎだ。まぁいい。これまで通りさ。なにも変わりゃしない……」
と。
「あらぁ~来てたの ? 寒くなかった ? 人が多くて大変だったでしょう。チエちゃんも来たんでちゅねぇ~ いい子でちたねぇ~ ちゃむくないれしゅかぁ? 」
少し距離があったが達也は玲子の話し声を耳にした。
「こんな所で知り合いか?_________いい子でちたねぇ~ ちゃむくないれしゅかぁ? って……だれっ ! ! 誰と話しているんだ…… 」
達也の脚は、いや、躰はさながら金縛り下にあるように動かすことが出来ずにいた。60絡みの妙齢のご婦人は、朱色に艶めくビロードの抱っこ紐を前に回しており、その中から幼児が手と顔をだし、近寄る玲子に笑顔を魅せて何かを告げる。
「2年か…… 」達也の躰の自由はまだ戻らなかった。
達也の背後ではル・ナン兄弟の手によるトリック・トラックの画と、ラ・トゥールの手による"いかさま師"が達也の背中を見送っている。ル・ナン作 農民の一家の女性が手にする射し彩の効いた赤ワイングラスが、どこか高飛車にボンボヤージと告げているように感じられた。
フワついた足元、遠くで聞いていた、玲子の「ねぇ~たっちゃん______ ! !」と呼ぶ声に達也の脚は半歩後ろに下がることを停められずにいた。
射し彩の効いた赫い剣弁高芯咲きの薔薇のように頬を染めた玲子の姿が眩しすぎて感じられ「何だって出来るのよ ! かぁ~」と呟いた。
了
謝辞
本作は、わたしも尊敬させて頂いているnoteのお友達「子供のためのはじめての美術館」 さんの掲載原稿からインスパイヤ-を受け創作したものであります。久しぶりに色々調べ勉強させて頂きながら仕上げたつもりではおりますが、整合性、合理性に不調和などがございます際は、その旨教えていただければ幸甚に存じます。
また、子供のためのはじめての美術館さんにおかれましては、いつも素敵な原稿を楽しませて頂き、本当にありがとうございます。また、不躾ながら今般オマージュ作品、インスパイヤ-作品を創作させて頂いた失礼を感謝お詫び申し上げます。
うーん…… 、一度下書きに下ろして、手を入れ直したものの、やりたいことはわかるが、選択する言葉に深みを与えることが出来ていない。もう少し選ぶ言葉に捻りを効かせたい。
韻文劇と云うのは、別にすべてを韻文で書かなくても定義はされるようなので、敢えて、イントロダクションを韻文でまとめたのだが、これはこれでかなり面白いと思う。ただ、ボキャ貧だなぁ(笑) まぁ、リハビリよリハビリwww
まぁ、展開としてはわたしらしい味は出せたかな♬
仕方のない男の雰囲気は出てるかもカモw
来年はたくさん書きます。ご厚情のほどよろしくお願い申し上げます。
飛鳥世一
本作との姉妹作
是非、ヒマつぶしにおひとつ。