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実家の人達

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実家にまつわるエピソードです。
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うちのおば その1 〜母の妹〜

うちのおば その1 〜母の妹〜

わたしには、頼れる?個性的な?愉快な?おば達がいる。
最近長女の治療の関係で、次女の子守や実家の仕事の電話番をしに、よく叔母が来てくれる。この叔母は、母の妹である。

もともと仲は良くて、たまにLINEしているがこんなに長い時間を一緒に過ごしたことはない。その中でいろんな話をして、「叔母ってありがたいなぁ。」と感じたので、綴っておくことにした。
ついでに??他の個性あふれるおば達についても、随時書

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茶碗屋談義

茶碗屋談義

わたしの父の実家は、京都の清水焼の窯元だ。
祖父(父の父)がはじめ、伯父(父の兄)が継ぎ、今は従兄が三代目をしている。

つい先日、父の姉が夫婦で遊びに来てくれた。おしゃべりしながらお茶を飲み、お菓子を食べる。その器は、京都のものばかりだ。

ただ、そのほとんどがもらってきたワケアリ品。釉薬がわずかにはみだしたり、うすーくひび割れていたり、じっくり見ないとわからない程度だが正規品にはなれなかったも

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まずいときらい

子どもの食べ物の好みは、少なからず親の影響を受ける。なぜなら、食べ物を買ってくるのは親であり、その親は自分好みのものを買ってくるからだ。

うちの両親は、あんこが好きだ。あんこ好きの間では、しばしば『つぶあんこしあん論争』が勃発する。彼らは根っからのつぶあん派だ。

おまんじゅう、おはぎ、大判焼き、大福。我が家に持ち込まれる和菓子は、すべてつぶあんだった。そしてそれを食べながら、彼らは必ずこう言っ

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おじいちゃんとわたし

おじいちゃんとわたし

友達のお父さんが、知事選に出馬することになった。よちよち歩きの女の子がおじいちゃんの街宣のお供をしているのを見て、その姿が幼い頃の自分に重なった。

私の祖父は市長だった。長年代議士の秘書をしていて、市議を経て、市長になった。

当時、私は幼稚園生だった。毎朝おなじ時間に、黒い車がおじいちゃんをお迎えに来た。「おじいちゃん、運転手さん来たよー」と祖父に知らせるのは私の役目だった。

外では「市長」

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母とミスド

母とミスド

私は子どもの頃、斜視で名古屋の病院へ通っていました。

母と2人、自宅から電車と地下鉄を乗り継いで1時間半ほど。今思えば大した距離ではないのですが、幼い私にはとても遠い場所に感じられました。

大きな病院なので待ち時間も長く、朝一番で受付をしても、お会計が終わるのはお昼過ぎ、帰宅したらもう晩ごはん、と、まさに一日がかりの大仕事でした。

決してわくわくするおでかけではありませんでしたが、そんな中で

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