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スマホの中で、楽しそうにピースする絶世の美少女を見ながら、男は何を感じていたのだろうか。

男がエンジニアになってかれこれ数十年が経った。年齢ではなくアプリ開発の腕が評価される会社だったから、加齢により発想力の乏しくなった男は、仕事の機会を与えられずにいた。

男はこの頃、とあることを恐れていた。それは何も、儲かってるテック企業の、掃除の行き届いた幾何学模様のオフィスから追い出されることではない。もっと、インターネットができる前から人間が持っていた悩みだ。
悩みを解消すべく、それまでは電子タバコに費やしていた勤務時間を、アプリの開発に使い始めた。自己紹介アプリだ。

「あの~、○○さん?それ何作ってるんすか?」


男が勤める会社は進歩的だから、休憩がてらにオフィスを歩き回る若い社員がいてもおかしくない。


「ああ、これは、どこにいてもスマホで身近な人の自己紹介を動画で見られるアプリだよ。」


男は、自分の感性が年老いていることにコンプレックスを抱いているのか、息子と同じくらいの社員に対して気恥ずかしそうに答える。


「へえ。面白いっすね。」


若い社員は否定しない。それが彼らの世代なのだ。


「でも、自己紹介ってふつう、初対面の人にしてもらうから意味あるっすよね。それに、繰り返されるものでもないし。どうしてまたそんなコンセプトにしたんですか?」


疑問形でセリフを締めて、彼は男の机から離れていった。散歩は健康に良いらしい。そして健康意識が高いのも、彼らの世代だ。
オフィスにぽつんと浮島のように配置された机で、男が内心つぶやいた。


「忘れたくないんだ。」

男の悩みは認知症だった。幸いまだ初期段階だが、このままでは、思春期に入る孫娘の顔など、まったく思い出せなくなりそうだった。


「初期登録時の情報は、趣味と、好きな食べ物と、将来の夢なんかでいいかな。」


そのアプリは、登録ユーザーが相互に、精密な自己紹介動画を見られるだった。ユーザーは顔が分かる写真をアップロードして、いくつかの質問に音声で答えるだけ。あとはそれをもとに、まるで本人が実際に喋ってるかのような動画が作られる。
ユーザー同士はグループを作り、それはちょうど家族や友人のアルバムのようになる。ポイントは、アルバムを作るのがラクな所だ。

「○○さんって凄かったんすね!」


男の机に若い社員が寄っている。男が作ったアプリが、思わぬ初速を叩き出したのだ。それは、会う機会がめったにない両親と息子や、仕事でなかなか会えないカップルなんかに、広く使われ始めていた。


「いや、自分のために作っただけだから、まさかこんなに人気が出るとは思わなかったよ。」


本心から驚いてる男は、社内での名誉やボーナスよりも、孫娘の動画を毎日見られることが嬉しくてたまらなかった。


「聞いた話、全社的に○○さんのアプリをプッシュしていくみたいじゃないですか。結構予算もかけて。
  今度、お祝いも兼ねて飲みにでも行きましょうよ。」


男がアルコールを止めてから随分経っていたが、この頃気分が良かったから、その誘いに乗った。


「ドクター!○○さんの意識が戻りました!」


病室のベッドには、ナースに身体を拭いてもらっている男の姿があった。目を覚ましたのは、急性アルコール中毒で搬送されてから、およそ1か月後のことだった。

「○○さん、ご家族は今週末にお見舞いに来られるそうですよ。あと、お仕事の方はもう1.2か月休んでも良いと、職場の方が仰ってました。」


会社などに未練はなかったが、家族が来ると聞いて嬉しかった。まだ顔も思い出せる。
週末を待ちきれずに、男は傍にいたナースにお願いして、スマホを取ってもらった。アプリを開いて、元気な孫の顔をみたかった。


 「なんだ、これは?」


 思わずつぶやく男の手には、1か月前からは考えられない程に、大きな目と細い顎をした孫がいた。つぶやきに反応してナースがスマホを覗くと、彼女が嬉しそうに伝える。


 「ああ、このアプリ良いですよね。普段会えない家族とかに、顔を見せられますし。何より最近のアップデートで、他のアプリと違って盛れるフィルター機能が付きましたもん。あれ絶対、女性ユーザーの獲得狙ってますよ笑」


 動画には、男の記憶にある小太りでかわいらしい孫ではなく、外国のセレブのような小学生が映っているだけだった。


 「名前は○○!好きな食べ物はクレープで、最近の趣味は音楽を聞くこと!」


 しかし声はそのままで、男は動画を閉じれずにいる。これは一体、孫なのか。


 「将来の夢は、会社でバリバリ働いて、今は入院しちゃってるおじいちゃんも一緒に、家族みんなを旅行に連れて行くことでーす!」
 

 スマホの中で、楽しそうにピースする絶世の美少女を見ながら、男は何を感じていたのだろうか。

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