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不正、不平等では良い世の中を導けない〜気骨の判決 戦争を辞めさせるための「選挙無効」判決

不正、不平等をやっても利益と権力が手に入るのならそれは正義。そんなことにはなり得ない。
命懸けで東條英機と闘った裁判官がいた。吉田久裁判官。180名もの証人尋問をし、日本を戦争に持っていった議員を選んだ選挙を無効と判決し、彼らの議員身分を剥奪する。そうすれば、新たな議員が公正に選ばれ戦争反対者を議員にできる。こうして正攻法で戦争を辞めさせるようとしたのだ。
それは、今戦争中の某国の大統領を前に「あなたを選んだ選挙は『不正選挙』で無効だやり直せ、選挙が公正ならば戦争にはならい。」と言うことと何ら変わりない。

誰がそのようなことを言えるだろうか?しかし、この命を懸けた判決は、日本で実際にあったのだ。
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当時の選挙は、どの政党を選ぶかではなく、「推薦候補者」か「非推薦候補者」かであった。戦争反対派の多くは「非推薦候補者」の烙印を捺された後、無実罪で起訴され、あるいは、演説会を開く事ができないなどの妨害に遭い多くが落選した。

不正選挙。こんなもの許されない。
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吉田は、本試験受験者1200人、合格者わずか39人のうち2位で合格し裁判官になった。貧乏でノートも買えず手に条文を書いて覚えたというではないか。
三男一女をもうけた矢先、妻が先立ち、三男をおぶって井戸でおしめを洗いながら働いたという。もっともその後、後妻をもらうことができたそうだ。

選挙無効判決を出すことは血の滲む努力によって得た全てを失うことになりかねない。それどころか、命すら危うい。
吉田が井戸に水を汲みに行く時さえ憲兵に付きまとわれ、
家の周りをずらりと憲兵に囲まれたこともあったそうだ。

遺書を書いて裁判所に向かったという。
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東京大空襲の2月26日と3月4日の合間で、3月10日の東京大空襲直前の昭和20年3月1日、「選挙無効」の気骨の判決を出した。

およそ200人もの裁判官や検事が立会軍に転出し、インドシナ南方に派遣されていた頃だった。

戦争を辞めさせることまでは出来なかった。
しかし、判決による再選後、非推薦候補者だった者は得票を2倍以上に伸ばし最下位当選とわずか1300票にまで迫ったという。
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不正、不平等な選挙で選ばれた議員が連れて行った日本は戦犯国だった。
それでも闘った裁判官がいた。彼は命を懸けて、東條英機相手に2万字に及ぶ判決文を書いた。
何とか不正、不平等を正したかったのだろう。戦争のない日本に導くために。
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現代に戻る。
男女平等ランキング世界116位を誇る日本は、「女性だから」医学部不合格で、会社では役員になることすら阻まれる場合もある。夫婦別姓の選択肢はなく、同性婚も認められていない。
発明が出来なきゃパクれば良い、産廃物は山や海へ見えないところにあれば良い。
テキトーな会社でも見逃して遊覧船を運行させて良い。

しかし、不正や不平等で選ばれた人たちが導く未来は分かるだろう。それは、短期的な利益と権力のために人の思いや命を切り捨てる社会である。
見逃した男尊女卑が招いた組織、
見逃した不正が招いた熱海の盛土や遊覧船の認可。

声をあげなきゃ変わらない。変えられない。私は男尊女卑も不正も受け入れない未来を残したい。

だから、不平等があれば両者の話を聞くし、不当と思えば見つかるまで証拠を探したい。最低限、それくらいの労力はいつも掛けたい。長いものに巻かれて、誰かの思いやりや優しさが踏み躙られるのはみていられない。
そうしたところで家まで官憲に付きまとわれるわけではないのだから。
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未来に残したいのは、吉田久裁判官が残した不正、不平等は認めてはいけないとの思い。
終戦の日を前に強く思う。

参考
(清永 聡著 気骨の判決―東條英機と闘った裁判官 (新潮新書))

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