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黒猫の目に、雪は何と映っただろうか。

しんと舞い降りるひとひらの雪は、地上に落ちると一つの塊になる。個性豊かな「それぞれ」から、個性を失った「それ」になった雪たちはどういう心境だろうか。何としてでも唯一無二でありたいと没個性に抗う私は、窓越しの雪たちに自分を重ね合わせ、雪が降るたびに同情と共感の念を抱いてしまう。

そんな小難しいことなど考えずに窓越しに雪を眺めていたい。言うなれば我が家にいた黒猫のようにだ。黒猫は雪が降るたびに窓ガラスに顔を寄せ外を眺めていた。一つ、また一つと曇天から舞い降りる雪が、緑色に光る二つのビー玉に映る。

彼にとって空から降る白いそれは美味しそうに映っていただろうか。神秘的な存在に映っていただろうか。文字通りな猫背を後ろから軽く撫でると、喉を鳴らして振り向く。そして、何だお前かと言わんばかりに再び窓越しの景色に目を向けた。

それが彼にとっての最後の雪だった。

彼との付き合いは生まれた時からだ。赤子の私の横には黒い存在がいつも横にいた。非常に人間らしい猫だったと思う。隣に住む白猫と恋愛をしていたし、行く宛を無くした障がい猫の面倒もみていた。私が泣いていれば何も言わずに寄り添い、横たわった私に身を寄せて涙を乾かしてくれるよう温めてくれた。デコは広く、腹は分厚い、温厚な性格だった。

私がちょうど16歳になる頃だったろうか。そうだ、あれは、2008年の3月15日だ。その年、私は元旦から肺炎になって入院し、何とか高校受験を無事に終えたところだった。そんな私を見届けるかのように、彼は15年の短い猫生を終えた。

「猫は死に目を人間に見せない」

そんな言い伝えをなぞるかのように、静かに、リビングのホットカーペットから天に昇った。私にとっては突然の出来事ではあったが、彼にとっては自分に残された時間がわかっていたのだろう。最期の一週間は家族一人一人に挨拶をするかのように、それぞれの寝床へ日替わりで入っていき、喉を鳴らした。

もうすぐ、春が来る。けれど東京は、雪が積もるらしい。窓から見える景色はあの時のように曇天で、雪は個性豊かな「それぞれ」から、個性を失った「それ」になっていく。緑色に光る二つのビー玉はもう手元に無いが、私の右手には広いデコと猫背の感触がまだ残っている。

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