世界の珍味、日本の珍味@VESTA フランスの週刊フードニュース 2024.01.28
今週のひとこと
公益財団法人「味の素食の文化センター」が編集・発行している、食文化を掘り下げる季刊雑誌VESTAの企画委員を2年前から担当させていただいており、2024年冬号において「世界の珍味、日本の珍味」の特集企画のアドバイザーとして関わらせていただきました。
食文化研究家でエッセイスト向笠千恵子さんの「日本の珍味、令和の今様」や、西洋中世史、食文化研究の教授 山辺規子さんの「世界の三代珍味不在の中世ヨーロッパのこちそう」、それにフードコラムニスト門上武司さんの「フランスの珍味」、神戸北野ホテル、総支配人・総料理長、山口浩さんの「絶滅危惧種、チョウザメの卵・キャビア、持続可能な未来への一皿」、味の素株式会社食品研究所のエグゼクティブ・スペシャリスト川崎寛也さんの「珍味とお酒のペアリング」など、興味深い珍味考を専門の先生方にご寄稿いただくことができ、とても興味深い一冊になりましたので、機会がありましたら、ご笑覧ください。
「珍味」の企画をあげさせていただいた理由はいくつかあります。世界三大珍味と言われるトリュフ、キャビア、フォアグラの立ち位置が、21世紀に入って急激に変わってきたのを感じていたからです。
例えばトリュフは環境破壊、とりわけ地球温暖化が進む中、今までの産地が産地ではなくなる可能性があるということと、同時に栽培産業の発達によって、今まで考えられなかった土地(イギリスや熱帯雨林地方)にトリュフの苗木が植栽され始めているということ。
絶滅危惧種として危ぶまれているチョウザメのキャビアと、細胞農業による、3Dバイオプリンティングの技術で作成した卵巣環境で培養するという開発。
さらに環境保全や動物福祉の立場から、強制給餌が問題になり、生産者の肩身が狭くなっているフォアグラ。そして豪勢な食事が供されるクリスマスの食卓には、ベジタリアンのためのフォアグラが乗ることさえ一般的になりつつあります。
などなど、いまの三大珍味の事情が詰まっていますので、ぜひ、手に取っていただけましたら。
それにしても、人は火をおこし、それを使用する術を知ってから、文明や文化を産んできましたが、食欲の業が果たした役割も大きいと考えます。人間の智恵の先、究極の「青い鳥」を求める姿は、遠地へ向かうか、テクノロジーを発達させるか、あるいは職人芸を磨くかを選択することになりますが、社会のシステムの変化によって、着地点も変化するのは当然なようで、興味深く感じます。特に、ビジネスとなる世界三大珍味においては。社会学者ジャン・ピエール・プラン氏は、こうした変化を著作「Mutations et modes alimentaires(時代の変化と食習慣)」の中で、「希少性を背景に豊かさを演出する伝統的な美食の美学は、根底から覆された」と記していました。
と同時に、この特集で紹介されている日本の津々浦々の珍味を知ると、西洋との違いを顕著に感じさせられます。西洋では珍味を民主化してきましたが、日本では案外そうではなかったのです。そもそも民主化というのは西洋の言葉であって、日本にはないのかもしれません。ご当地の珍味は神聖不可侵で、その土地のものであるからこそ尊い。真似をしたとしても、そっくり同じものではなく、自身の中のアイデンティティで勝負をしようとして差別化を図る。職人芸を磨き続ける「道」であり、世界を制覇するよりも、自分自身の探求に心が向かい、それに価値を見出すのが、日常的には気づかないが、今も変わらぬ日本人の心かもしれません。
ところで、脚本家で放送作家の小山薫堂氏は、入浴の精神と様式を突き止める「湯道」を提唱しています。それをもとに手がけた昨年公開された映画『湯道』を思い出しました。前述したような日本人の精神が、滑稽かつ真摯な人間の愛すべき生き様から映し出されていて、楽しくも心温まる素敵な映画でした。畏れと優しさが混在する自然の中に抱かれているからこそ生まれる感謝の念や慮る心は、独特の精神かもしれないと感じる今日この頃です。
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