コルシカ島のワイン生産者の巨匠アントワーヌ・アレナ@シェフたちに愛されるパリ11区のイタリアン フランスの週刊フードニュース 2022.07.08
今週のひとこと
パリで月曜日のディナーというと、営業しているレストランが少なく、チョイスが難しいところです。そうした中だからこそ、良店との出会いは本当に嬉しい。先日は、友人がおすすめというイタリアンを予約してくれました。
あとでわかったことでしたが、フランスにおけるイタリアン事情を伝える専門誌「France Pizza」の編集長でイタリア料理を専門とするジャーナリストのCarole Gayetが、パリでオススメのイタリアンとして勧めてくださった店の1軒。
Caroleは、最近、フランスで活躍する日本人やイタリア人のポートレートを掲載するブログ「Fourchette ou baguettes」を立ち上げ、弊社の包丁専門家マリナを掲載したいとインタビューに訪れてくださったという経緯がありました。会話をする中ですっかり打ち解け、お互いのレストランアドレスを交換。イタリア料理を専門としているのにフランス人、イタリア人の血は一切混じっていないという、ユニークな方です。
さて訪れた11区のイタリアンは、店内は小ぶりですが、テラスを広く出しているので、席数は全部で優に50は超えるであろう規模、そして満席。それなのに、なんとスタッフは料理人のフランチェスカとサービスのシルヴィア2人のみ。見ていると、2人とも決して手一杯になる様子はなくマイペース。シルヴィアは、お客様一人ひとりと和やかに会話をしながら、要望に細やかに応え、ワインも料理もサービスし、しかもお客を待たせることなしのタイミングの素晴らしさに感嘆。
特にこのコロナ禍後、レストランでは人手不足が叫ばれていますけれども、働く人、一人ひとりの心の余裕とプロ意識によるパフォーマンスに関しても言及すべきなのかなとも感じさせられました。レストランで働くということが手段ではなく、好きだからこそ携わっているということが、しっかり伝わってきました。
そんな夜もたけなわ。もうそろそろ帰宅に着こうとしたところ、カウンターの端に、見たような顔が。
なんとコルシカのワイン生産者アントワーヌ・アレナでした。友人のビストロのオーナーが以前からアレナのワインを贔屓にしていることもあって、仲良くなり、彼の畑にも訪れたことがありましたが、このコロナ禍でご無沙汰していました。日本では君嶋屋さんが輸入しています。
最後にマグナムを開けるから、みんなで一緒に飲もうという提案に、もう23時も回っていましたが、もちろん承諾。
彼のワイン生産の歴史は壮絶です。コルシカのワインの歴史を振り返ることにもなりますが。
祖父から続く父から引き継いだ事業は、もともとワイン生産だけではありませんでした。しかし、コルシカを突き動かしたある事件をきっかけに、ニースで法学を学んでいたアレナも地元に戻り、ワイン生産者になることを決心します。
コルシカにおけるブドウの多様性は今でこそ、注目を浴びていますが、1850年代から1900年にかけて広がった病気は、ワイン栽培の風景を一変。集約型モデルが輸入され、カリニャン、サンソー、グルナッシュが次々に植えられ、島の品種は犠牲になってしまっていた。それが戦後でした。
そして1975年にアレリア事件が起きる。フランス政府がアルジェリアから帰還したピエ・ノワールを移住させる先にコルシカ・アレリアがあり、土地の75%に彼らが住むことに。ワイン事業も始めた人々もいたが、クオリティは悪質で、コルシカワインの評判を失墜させるという事件が起きる。それを受けて、フランス政府に反発するコルシカ地域主義行動の指導者たちが、ある生産者を占拠するというクーデターを起こしたのでした。
自分たちのアイデンティティに向き合うという運動。農家にとっては、それが古いブドウ品種にもう一度目を向けるということでした。アントワーヌ・アレナは、それに立ち向かった一人。白ワインを産する品種Bianco Gentileを復活させたのは、実はアレナだったのです。
この数十年の間に、20種を超える島独自の希少なブドウ品種が蘇り、その希少性は世界からも注目されるという、飛躍的な発展を遂げていったのは、アレナたちのような、土地を愛する心があったからこそ。そして、彼らのワインは世界にも旅立ち、世界中の食卓を彩っているのです。
その店のイタリアンはシンプルでありながら、抜群に美味しかった。「シンプルに作るのが、本当に難しい」。そう呟いたアレノの一言が、心に深く響きました。
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