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水に挿した一輪の薔薇

都心で一人暮らしをしている茜は、週末に開催されたファーマーズマーケットを訪れた。
自分たちで育てた様々なものを持ち寄っているその様子は、どの人も嬉しそうに微笑んでおり、その場にいるだけでなんだか元気が出てくるようだった。

ふと、美しい薔薇がたくさん飾ってあるテントの前で立ち止まった。
茜は昔から、薔薇の花が大好きだ。

真紅の薔薇
薄桃色の薔薇
ピンクのグラデーションが花弁を彩る薔薇
縁取りだけ濃いピンク色をした薔薇
オレンジの薔薇
黄色の薔薇
クリーム色の薔薇
白い薔薇

ひとくちに薔薇といっても、本当に多種多様で、香りがとても良いものもあれば、ほとんど無臭の薔薇もある。

ふと、一輪の薔薇に目が止まる。
まだ蕾がようやく開いたような、薄ピンクの美しい薔薇だ。
薔薇はたくさんあったけれど、茜はどうしてもその薔薇が欲しいと思った。

「すみません、これをお願いします。」

エプロンをした女性に声をかけると、女性は嬉しそうにこちらへとやって来る。

「この薔薇でよろしいですか?」

茜が一目惚れをした薔薇をつまんで、その女性はニコッと笑った。

「はい、それを。」

茜も思わず、つられるように微笑んでお会計を済ませる。
一輪丁寧に紙にくるまれた薔薇を手に、微笑みを浮かべたまま家路に着く。

硝子の一輪挿しに、薔薇を飾る。
そして、いつも食事をするテーブルの上に一輪挿しを置いた。

茜が手に入れた薔薇は、顔を近づければほんの少し香る程度のほのかな香りの薔薇だった。

「我が家へようこそ。」

そう声をかけると、一輪挿しに飾られた薔薇は、得意げに胸をはったように見えた。

   ⁑

一輪挿しの薔薇の水を替え、いってきますの挨拶をするのが茜の最近の日課になっていた。
あれから一週間。
薔薇は相変わらず綺麗に咲いている。

   ⁑

一輪挿しの薔薇の水を替える。
この薔薇が茜の元に来てから、1ヶ月が経った。薔薇は今も変わらず美しく咲いている。

今日は1日自宅にいる日だった。
茜は水を替えたあと、椅子に座って薔薇に自然と話しかけていた。

「ねえ、お水だけでこんなに長く咲いてくれるんだね。すごいね。ありがとうね。」

薔薇が心なしか、嬉しそうにしているように見えた。
茜は薔薇が大好きで、あれから毎日丁寧に水を替えていた。浄水した水を使って、定期的に一輪挿しも洗っていた。
そんな世話すらも楽しくて嬉しくて、薔薇との交流は茜の楽しみのひとつになっていた。

   ⁑

そして、2ヶ月が経過した。
蕾に近かった薔薇は咲き誇るように大きく花弁が開いている。

「わあ、随分大きく開いたね。こんなに長く楽しませてくれて、ありがとうね。」

茜は、薔薇にそう話しかけた。

「あと、どのくらい一緒に居てくれるのかな。」

そう呟きながら、一輪挿しの水を取り替えようと薔薇を手に取ると、根元に小さな根っこが生えていることに気がついた。

「わあ!!!!!!!」

茜は目をまんまるに見開いて、薔薇の根元を見つめた。
小さな根っこは、薔薇が息づいている証だ。胸が熱くなる。
我に返った茜は、水を替えた一輪挿しに薔薇をいけると、慌てて外に飛び出した。

「ただいま!!!」

暫くして、息を切らして戻った茜の手には、小さな植木鉢と園芸用の土がはいった袋が下がっていた。
植木鉢を取り出すと、土をセットしてみた。
これでいいだろうか。これで、大丈夫だろうか。
植木鉢を、そっと一輪挿しの横に置いてみた。

「ねえ、良かったら今度は、この植木鉢で過ごしてみない?」

薔薇から、もう少し待って欲しいと言っているような雰囲気を感じて、茜は一度植木鉢を玄関へ移動させた。

  ⁑

植木鉢を買ってきてから一週間が経った。
薔薇は首が少し重力で下がってきていた。

「そろそろ限界かな?」

水を替えようと一輪挿しから薔薇を取り出すと、根っこが一週間前よりもしっかり出てきていた。
水の力って、なんて凄いんだろう。
茜は、薔薇にそっと触れながら声をかけた。

「じゃあ、植木鉢に移動しようか。」

薔薇の了承が得られたような気がした。
今にも項垂れてしまいそうな花を剪定バサミで切る。
そして、茎と葉っぱだけになった薔薇を植木鉢に挿して、たっぷりとお水をあげた。
暫くは、お水を切らさないように。
切った花びらはほぐしてその日のお風呂に浮かべて楽しんだ。

  ⁑

あれから半年が経過した。
茜の家のリビングには、窓辺で日向ぼっこをする薔薇の植木鉢がある。

相変わらず朝にはいってきますの声をかけ、定期的にお水をあげるのが茜の日課になっていた。

おしまい