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【掌編】レモンの樹【散文詩】 

レモンから、酸っぱいのがなくなればいいのに。口をとがらせて言うと、崖の上のレモンの樹の横に立つ、年の離れた姉は笑った。姉とレモンの樹は背の高さはほとんど同じで、わたしは時々、どちらがどちらかわからなくなる。どちらからも柑橘の良い香りがしていたし、どちらもいつだって瑞々しかった。

レモンの樹は、育ち切ると手入れが要らなくなるんだって。秋の初め、祖母から収穫を頼まれた姉は、樹の高いところからぷつん、ぷつんと、まだ青い実を枝から離す。ほら、とナイフで切り分けてくれる。姉はためらわずにレモンにかぶりつく。わたしにはそれができない。端をかじっただけで、酸味にすぐ負けてしまう。顔をくしゃくしゃにしたわたしの頭を、姉は笑いながら撫でてくれた。

寒くなる頃、体の弱い姉は毎年、遠くへ静養に行ってしまう。冬、姉の代わりに祖母から収穫を頼まれたわたしは、樹の低いところからぶつん、ぶつんと、黄色い実を枝から力任せに切り落とす。レモンから、酸っぱいのがなくなればいいのに。一人では、その実を持て余してしまう。
この冬は、あまり実がならなかった。次の春、姉は静養から帰ってこなかった。

いつかの夏の終わり。
ついておいでと告げて、わたしは娘を連れて崖を上る。いつのまにか背丈を追い越していたその樹の今年最初の実りを、ぷつん、ぷつんと枝から切り離す。一つを切って娘に渡す。かぶりつき、顔をくしゃくしゃにする小さな頭を撫でて、残りの果実にかぶりつく。酸っぱさに少しだけ耐えて、味わう。
レモンの樹は虫も寄せ付けず、永遠の青のようにそこに佇んでいる。また来るねと葉蔭の瑞々しい面影に告げて、娘と手をつないで帰る。


・・・・
昨日のお昼に食べたパッタイ(タイ料理)に半月のレモンが添えてあり、昔レモンがとても苦手だったことを思い出しながら書きました。笑。
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