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【詩】おもたい

長患いに瘦せ細った祖父は、死ぬ前
風呂に入れれば、その湯が
服を着せれば、その衣が
おもたい、――おもたい、と
呻くように呟いていた
五体満足に生きていたら
気にすることもないものたちの、重みを

亡くなった後
故人の服を捨てようと
集めてまとめて袋に入れれば
一枚二枚では感じなかった
衣の重みがずっしりと
袋を持ち上げる指に
引きちぎれんばかりに、食い込む

いつだって身軽でいたい
けれど人生は進めば進むほど
知らぬ間に抱えたもので 重くなる
そして、いずれは痩せ細り
水圧や、衣類のような
命をとりまくものたちの
重みに抗えなくなってゆく

袋を引きずり、よろよろ歩く
おもたい、――おもたい、と
呻くように呟いている
ようやく辿り着いたリサイクルステーションに
祖父の一部だったものたちを投げうち
よきものに生まれ変わってくださいと
袋の重みに 真っ赤に腫れ上がった手のひらを
小さく合わせてから、すぐに去る

* * * * * *
この詩は、わたしが幼い頃に聞いた「(祖父が)風呂のお湯がおもたいって言うとよ」と話していた祖母の声を、ふと先日、思い出したのが発端です。
「どうしてお湯が重たいんだろう?」と思った幼い日の疑問が、この詩を不意に書かせてくれました。

この詩は、詩人の松下育男さんのfacebookでもご紹介いただきました。


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