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AND market / 新規事業のブランドデザイン



このコラムの特徴

空間(体験)を使い企業やブランドを如何に生活者に伝えていくか。博報堂で空間デザインに従事していた僕がいわゆる空間デザイナーと異なるのは、空間デザインにコミュニケーションアプローチをとることです。このコラムを通じて、空間デザインにおけるコミュニケーションデザインとは何かをお伝え出来ればと思います。

AND market 店舗

はじめに

AND marketは、2011年に事業を開始したモバイルサービスストアです。僕はこの仕事でクリエイティブディレクター兼空間デザイナーとしてプロジェクトをリードしました。2Dのデザインは博報堂のアートディレクター、服部公太郎君に入ってもらいました。

当時僕は、既存リテールブランドのリブランディングや企業の旗艦店、ショールーム開発、イベントプロデュース等のプロジェクトが中心でしたが、投資とリターンを伴う新規事業開発としてのリーテールブランド立ち上げを事業計画段階から総合的にディレクションしたのはこのAND marketが初めてだったと思います。

AND market logo

AND marketとは?

さて、この事業はどの様な事業か簡単にご説明します。
事業主体は「NECモバイリング」(同社は2年後の2013年に丸紅に買収されました)です。

当時、携帯を購入するのはキャリアショップ(ドコモショップやソフトバンクショップ等)でした。先にキャリアとの通信契約があり、その上でキャリアが販売している携帯端末を購入するという流れです。iphoneでさえ当初は採用キャリアであるソフトバンクでしか契約できませんでした。これは、端末メーカーよりもキャリアの力が強かった為、メーカーが自由に商売ができなかったという背景があります。

しかし2011年にSIMロックが解除され、iphone やXperia等のスマートフォンを中心に端末をどのキャリアでも契約できる様になりました。そこに目を付けたのが「NECモバイリング」です。同社は、大手キャリア3社のショップを運営していた為、利用者が希望する全てのキャリアの契約手続きができました。そこで、携帯端末の販売をブランドの顔として立て、端末購入者には希望するキャリアとの通信契約サービスを後で行う、従来とは逆の流れのブランド(事業)を立ち上げたのです。

僕たちのチームに相談が来たのはそのタイミングです。まだ事業のネーミングもスキームも決まっていない頃でした。きっかけは、ドコモのスマートフォンブランドのブランディングを僕のチームで担当していたというご縁での紹介からです。

AND market 店舗

コンセプトデザイン

この事業において主となる開発対象はリテールですが、リテールを含めたサービス(事業)全体にどの様な特徴を持たせ、どの様なコンセプトを与え、そのコンセプトを軸にどの様な名称、デザインを組み立てていくか。ブランド(事業)開発におけるクリエイティブディレクターは上記のプロセスに一貫性が生まれる様にアウトプットを見据えながら戦略を組み立てていきます。

「つなぐ」を可視化したアイコン



コンセプトは「つなぐ」

結論から言うと、事業のコンセプトは「つなぐ」としました。この頃はまだキャリア毎に販売する端末が異なり、携帯キャリアは潰し合いの要素が強かった業界ですが、このブランドはキャリアの垣根をなくしていくことを目指しました。

AND marketは、キャリアの垣根を無くし、スマートフォンの世界を繋ぐ。スマートフォンを利用する全ての人の為に。 ”AND” を置くことで現れる新しい関係性を創造する事業です。

2011年の最初のプレゼン資料で記載したコンセプト文章まま


AND market 店舗


さらに、この事業のユニーク性は事業自体が持っているキャリアフリーという特性だけではなく、スタッフにあると定義しました。スタッフを軸にブランドを作るために、スタッフをブランドビジュアルや広告に据えたり、ブランドサイトをスタッフの情報発信ツールと捉えてブランドSNSをサイトのトップに配置する等のコミュニケーション戦略を取りました。ブランディングのプロセスにおいてはスタッフの人物像の定義やユニフォームのデザインはもちろん、外部の人材教育会社に依頼して社員研修まで実施しました。

スタッフが価値になると考えたのは、店舗スタッフと利用者の関係性が従来のキャリアショップとは異なってくると考えたからです。従来のキャリアショプ(before スマートフォン)では、スタッフは利用者よりも端末やサービスに対する知識が豊富ですが、AND market(after スマートフォン)では、スタッフよりも利用者の方が知識が豊富なケースが出てくると考えたからです。アプリや利用方法等パソコンに近い機能を持つスマートフォンは、利用者個人の嗜好性が出てくるため、スタッフが全てを「教える」立場ではなく、利用者から教えられる事や、自分なりの使い方を紹介する等のコミュニケーションが想定されます。故にこのブランドのスタッフ像は、コミュニケーション力が高く「共感を伴う対等の関係」の構築こそが、必要なスキルであり、それが既存キャリアショップとの差別化につながると考えました。

スタッフ概念図


NEUTRAL  それは、「つなぐ」を受けたデザインコンセプト

事業のコンセプトを「つなぐ」
とした時に、リテールを中心としたデザインコンセプト(VI)をどうするか。こちらも結論から言うと「NEUTRAL(ニュートラル)」としましたドコモは赤、KDDIはオレンジとキャリアブランドが強い色彩を使用していた為、どこの色にも染まらない、全てをつなぐブランドとして「無彩色」をVIの軸に据えました。

空間デザインを開発するにあたり、「ニュートラル=無彩色」をより空間デザインらしいモチーフに落とし込むために「光」に注目しました。全てを包む光、未来を見据えた光、様々な意味があります。

そして空間で使う素材は、光をそのまま反射する鏡面、光を50%程度吸収して鈍く反射するステンレスバイブレーションやアルミ、光を完全に吸収する黒、その反対の白、少しだけ温かみのある黒染色の木材を利用しました。

AND market 店舗
AND market 店舗

「つなぐ」を受けたネーミング、CI、VI

この事業の名称は「つなぐ」をそのまま表現した「AND」を用い、「AND market」としました。CIは「AND」を軸に構成し、VIは上記の様に「NEUTRAL(無彩色)」をコンセプトに構成していきました。

AND market CI


&ロゴを使った、無彩色のVIツール。

AND market VI tools


全てのデザインがストイックな世界観に纏まった為、少しだけ可愛らしい要素を入れようと「AND birds」という鳥のキャラクターを作りました。このキャラクターにはモーションを付けて店内のスクリーンで流したり、一般でもダウンロード可能な鳥が動くスクリーンセーバーを開発しました。

AND birds


こうして見ると、上段の事業(ブランド)コンセプトが一貫して全てのデザインやアウトプットに落ちていることが解ります。事業やブランドのディレクションを行う時は、常に最上段のコンセプトに戻りながら各領域のクリエイティブをまとめていく必要があります。逆に、各領域を担当するデザイナーは、クリエイティブディレクターと上段のコンセプトを「しっくり」くるまで理解する対話を重ねてブレない様にすることが大切です。


最後に

この頃はまだデザイン賞に応募していました。AND marketもいくつかのデザイン賞を頂いたのですが、海外賞のエントリー資料をご紹介します。

まずはエントリーボード。
NEUTRALは日本人的な英語感覚で使った言葉のため、「LIGHTING」をデザインのコンセプトとして提出しました。

entry board
entry board-2



こちらはエントリービデオです。
AND birdsが動く姿もご覧になれます。


これはドイツの「レッド・ドット・デザイン賞」授賞式の写真。

授賞式 ベルリン 2012年
授賞式 ベルリン 2012年
授賞式 ベルリン 2012年



デザインは、100人100様のアプローチがあります。僕は広告会社にいたこともあり、デザイナー・クリエイティブディレクターとしての強みをサービスデザインやコミュニケーションデザインに置いています。その視点でクライアントの事業やブランドを分析した時に、何を強みに出来るか、強みを如何に仕組みやメッセージに変えられるか、強みを可視化するモチーフやデザインは何か等、それらの思考やアプローチを大切にしています。


最後までお読み頂きありがとうございました。


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ではまた次回の更新まで。

室井淳司