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Gong Re:started new visions, Story Continued

農業とは、「土地を耕すこと」ではありません。「生命を育て、その恵みを収穫すること」我々が俗世界とは異なる 視点と情熱, 魂を持って 相当の時間をかけて収穫してきた ある種「音楽ビジネス」とはかけ離れた 真摯さと勇気を持って この人生を賭けたプロジェクトに任命されました。
場所や時間は違えど、人生を引いてみたときに「運命」としか言いようがなく、同時に「使命」というものに動かされ、自身も心地よい情熱を持ち進んでいる、進んできたことが分かります。

ここ最近ではより「表現」とは
 その「音」から「一音」から響く
生まれ育った土地から受けているものや、
承継されてきた事柄について、向き合うことがより明確になってきました。

その「なぜか」の問いに 一つずつ 丁寧に回答を重ねることは
とても有意義であり、自分自身の研究材料の一つでもあります。

始まりは「こんな風になりたい」や「こんな音を出したい」のような憧れの世界に見えており、それが数十年と時を重ねていくと 今まで見てきたもの、同じものを見ても「全く異なる、見え方」をするもので面白い。

そのときに問われることは「そこから、どうするのか」ということ。
ただ通り過ぎることもできると思うし、
ただ傍観することも、入り口だけ体験して終えることも可能だ。

その先に進むには「憧れ」以上に突き動かされる「本質」に目を向けなければ見えてはこない。

ただ「仕事」をし、
ただ「食べ物をいただき」
ただ「演奏し」
ただ「遊び」

では決して得られない、本質なのだと思う。
いつもヒントは足元にあり、周りの存在や、様々なことで教えてくれる。

表面的な「事柄」よりも
なぜ「それが残っているのか」
なぜ「その音を、その表現をすることになったのか」
掘り起こし傾ける情熱材料は いくら時間があっても足りない。
日々勉強、日々学び、日々感謝です。

フォーカスしたいことがたくさんあり、
それを丁寧に遂行して、解き明かしていきたいと思う。

誰かに言われたからやる、や
流れに身をまかして生きることはとても 自分の人生を真っ当しているようには個人的には感じない。

私自身がやってきた「音楽」「表現」「ドラム」「和太鼓」には
言葉で伝えきれない全世界の人が持つ「複雑な感情」や
「複雑な物事のタイミング」によって形成されている。

もっと引いてみたときに、今の2〜3年なんて 大した2〜3年ではない。
もっと大きく見た時に「残るものは何なのか」
「なぜそうしなくてはならないのか」
自然から学ぶことは多い。

そういう意味では、SNSで挙げられている「ドラム」や「音楽」とは
全く異なる性質を持っていることが、分かるでしょう。

これから数年が楽しみで仕方がない。
確実に新しいフェーズに入っているからだ。
それは今までの軌跡を切る、閉じる意味ではなく、続いているものなのだと思う。

今まで頭と心で鳴っている「出したい音」と「成し得たい」ものは幸せものながらも「すべて実現」できている。時間はかかっているが。

・プロドラマーになる>翌年14歳にてデビュー、修行ともいうべき本質へのステージがスタートした。

・ドラムを作っている職人に認められて、ドラムメーカーとモニター契約する>22年の歳月はかかったが ご縁があり現在 Pearl Drums,SABIAN cymbals, Vic Firth, REMOと世界的なメーカーとモニター契約させていただくことができた。

・自分の持つ「オリジナリティ」や「アイデンティティ」「ユーモア」を使い世界一になる。賞を受賞する>VOLCOM This Firstという世界グローバルコンテストにて[日本代表][グランプリ]を受賞させていただくこともあった。そこで働く人々と会話する中で、辿ってきた道は違えど「本質」は同じなのだと強く感じたものだ。また海外、世界へもどんどん挑戦していき 感動を動かしていきたい。

・名実ともに一流の方々と仕事をする>運良く 名実ともに実力のあるアーティストの方々と仕事をさせていただいております。そこから感じることは、どちらも欠けてはなれないことである。ただ 有名になりたくてもすぐに終わりは見えている続くわけがないのである。実力だけがあってアウトプットしなければ無人島で良い。もちろん名は後からついてくるだと思っているが、それを自身が客観視できる人は一流のプロフェッショナルであり、仕事や作品を作る上で話が早い。また賢明、聡明であることも特徴的である。

これからも目標ややりたいことは尽きず、
いつかレコードと美味しいコーヒーを出すお店も開きたいし、
アフリカに行き、リズム学校を設立もしたい。
そこでオリジナルの太鼓を製造し世に広めたいことも大きな夢である。
また新しい作品を世に出していくことも 継続する。

上記で述べたように、夢が叶う瞬間というのは、早く翌年に来るかもわからないし、22年も、50年も、一生かけても叶わないかもしれない。

しかし、一生かけても叶わない場合、あなたはそれを「無駄だった」と捉えるだろうか。

私は決して無駄だとは思わない性質である。
なぜならば、その目標に行くまでのプロセスを非常に大切にしており、
そこに行くまでの間で様々な方と出逢い、話をしているはず、有意義な体験を積み重ねているはずだからである。それは必ず別の場所へ生きてくる。

目標が目的になるなよということである。
絶対に実現するために動いているものだが、それ自体が目的になっては旨味も面白味も本質も捉えることは到底できない。

いま、生きること なのではないだろうか

その小さな積み重ねにより、新しい変化や発見が生じ、
いつの日か 点と点が 結びつく瞬間があったり、
人それぞれの美学を味わうこと、感じることができる。

そう、世界は違えど 本質も知っている方は 皆似ている性質がある
「素直」「誠実」「純粋」「無邪気」「謙虚」
なのである。

テクニックやスキルなんてものは、後からいくらでもついてくる、手にすることができることを身を持って知っているからである。

そんなメディア、テレビ、マスコミ的なことに囚われていたら
あなたは一生「本質」を掴むことはできずに終わるでしょう。
そこに映っているものは「最後のゴールライン」だけを映したものや、作られたビジョンだからです。

変化というものをすぐに理解することは難しい
しかし、五感や心地の良いもの、突き動かされる直感や本能を信じて
進んでいくと、ちょっとした小石でのつまづきなんか屁でもないことが分かっていただけるのではないか。

さて、何をして、どんなことをして笑おうか

そんなことに向き合っている毎日です。

最後に6歳の時に打楽器を始めた頃、14歳でプロデビューした時、
それから数十年経った いま 見ている情景や 取り組んでいることは想像もしていなかったことです。とても興味深いですよね。

同じことを続けてきても、全く同じにならないのですから。

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