見出し画像

【小説】『フラッシュバック』#42【完結】

 「あっ」
 あっ。
 
 感動の再会かと思ったが、きのう会ったばかりのような気がして間が抜けていた。付き合いの長い男女の会話などこんなものだ。
 
 「びっくりだよ」ときみが言う。「まさかこっち側に飛び出してきちゃうなんて」
 
 ぼくらは暗い闇の中にいた。床すら見えない漆黒だが、ぼくたちの身体はくっきりと見えた。きみは椅子に座っていて、長机に光る地球儀のようなものが置かれている。
 「見てたよ」ときみが言う。
 ぼくは近づいていった。
 
 ごめん。ずっとちゃんと向き合ってなかった。
 「いいよもう。全然怒ってないよ」ときみが言う。
 
 それを聞いてぼくはほっと救われる思いがした。
 
 「小説書くのが夢だったんだね」
 
 うん。隠しててごめん。
 
 「いいよ。気にしてない」
 「会いに来てくれてありがとう」
 
 うん……。
 
 「……」
 「……私たちそれでどうなるの…?」
 
 きみはまだ終わりじゃないよ。
 
 そう言って抱きしめた。
 
 「え?」
 
 確かにここでお別れだけど。
 今度はぼくが見守るから。
 きみは続きを楽しんで。
 
 「……」
 
 すぐよくなるから。
 何もかも。
 大丈夫だから。
 
 「……うん」
 
 心配しないで。
 ね。
 
 「うん」
 
 大好きだよ。
 
 


 
 
 
 そして閃光が走って、ぼくは病室にいた。そしてだれにも見られることなく、聞かれることもなく、ぼくはこの小説を完成させた。天使に借りたタイプライターで打ち込んだ文章のクオリアは空中に漂って、ぼくは天高く手を伸ばして受信する。そうするだけで、向こうで書けていたところまでは、こっちですぐに書き写せた。そしてさっきまでのことを考えて少し付け足して、完成した原稿は、もうすぐ目を覚ますきみの手元に置いておいた。ぼくは言葉の中で生き続けられるはずだから。
 まもなくおまじないは解けて、間違いを犯したぼくは違う世界へと旅立つ。天使の粋な計らいで、物語が終わるまで束の間ぼくはここに居られる。そしてきみが目を覚ますと、ぼくは間近で泣いてしまう。時間だ。お別れのキスをしよう。さようならと言って、最後にきみの瞳に映ったぼくには、翼が生えていた。


この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?