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【小説】『フラッシュバック』#9

 なおも打ち合わせは続いた。この三人で、一体どうバンドをやっていくというのか。
 
 まずはコンセプトというか、方向性を話し合った。
 足掛かりは天使の一声(ひとこえ)によって、ただロックバンドであるということだけだった。三人が好きな音楽に関しても、ケイコは他にガールズポップもよく聴いて、天使はメタルやハードロックに夢中で、ぼくはオルタナティブ系統が好きという結果だった。こうして見事にバラバラだった。
 そもそもロックとは何をいうのだろうか?
 そして話し合った末にぼくらに共通していた価値観は、ロックとは自分自身でいるということであり、何よりロックバンドはかっこよくなくてはならないということだった。
 
 ぼくは職場のパソコンで、ロックバンドのライブ公演のチラシを作成しながら、自分とは何なのか、いまひとつわからずにいる。イラストレーターでバンド名のフォントをいじり、情報を入れ、レイアウトし、配色する。前にいろいろなぼくの好きを嫌いで打ち消してきただれかの記憶がよぎるが、まずはライブに向け、バンドの曲を用意しなければならなかった。
 
 「機材はおれが揃えよう」と天使が言い、まずはスタジオに入って音を出してみることにした。
 スタジオでの稼働初日、言われた通りにぼくが手ぶらで入っていくと、そこには見たことも触ったこともない最高級の楽器や装備品類が並んでいた。
 純正メーカーのビンテージのエレキギターにベース、シールドやストラップやエフェクター各種、さらには細かいピック類やチューナー、そしてメンテナンス用具まで一式あった。
 ……これ、どうしたの? と、ぼくは興奮を隠さず天使に聞いた。
 天使は、どうやら無から物体を創造していたわけではなかった。全てもともと自分の持っているもので、それをどこからともなく瞬時に移動させているようだった。そして必ずどこかから仕入れたものを使っているとのことだった。
 ……それにしても、仕入れてるって、どこにそんなお金あるの? とぼくは聞いた。
 天使いわく、天使だけが使える黄泉(よみ)のマネーというものがあるというのだった。
 だれかが亡くなったとき、遺族が故人に生命保険が掛けられていたことを忘れているか、もしくは全く知らないでいることは往々にしてある。受取手のいない保険金。だれのものにもならなかったお金。それを黄泉のマネーといい、天使用の口座に必要な分だけ振り込まれるというのだった。
 通帳に、ゼロの表示がはちきれた数字の並びを見たことがあるだろうか。ぼくは未だに忘れられない。
 天使の口座にもカネが無尽蔵に湧いてくるわけではないそうだったが、果たして使いきれるかどうかはまた別の問題だ。
 すべては善きもののためだと天使は言った。
 ぼくらは果たして、どんな善きものに向かうのだろう。
 
 ぼくは職場のパソコンで、自分たちのバンドのライブのチケットの売れ行きを確認しながら、カネよりも大切なものが人生にはあるのだろうかと自問している。堅実的にならなきゃと諭(さと)してきただれかの言葉が思い起こされるが、そんな場合ではなかった。ライブに向け、自分たちのバンドの曲を練習しなければならなかった。
 
 ケイコが作詞作曲してつくったデモテープと、ギターのコード入りの手書きの歌詞カードを頼りに、スタジオで音合わせする。生みの親であるケイコの意向を尊重し、意図を汲む。ケイコが歌い、それに合わせて天使とぼくが音を出す。
 ケイコの歌はうまかった。味があって、感情が乗っていて、テクニックどうこうというものではなかったが、なんだかよかった。ケイコの発想は総じてぼくらの理解の及ばないところから来ていたが、彼女の曲には突き抜けた衝動もあれば、思いがけない憂いもあって、時々心を動かされた。天使はそれこそ善きものを見るような目で見ていて、同時に「だろうな」という確信を漂わせてもいた。
 作業は試行錯誤を繰り返した。ケイコのデモ音源とは、実はギターの弾き歌いが録音されているだけのものだったからだ。前奏や間奏もこれといってなく、歌の部分だけコードが付いている状態だった。ゼロから一はケイコがつくってくれていたが、その一を百にしなければならなかった。
 
 ぼくは職場のパソコンで、自分たちのバンドの曲を音楽ソフトで編曲しながら、自分は今どこに向かっているのだろうかと考えに耽(ふけ)っている。社用のデスクトップに専用アプリをインストールし、USBでスマホと繋いでデータを移す。だれかと行った旅行のスライドショーが頭にうっすらと再生されながら。
 ケイコからもらった生歌の録音データと、天使から送られてきた彼考案のギターリフと一推しのメロディーラインをがっちゃんこさせる。その隙間を、架空のベースとドラムの電子音で埋め、とりあえずの雛形(ひながた)をつくる。
 こんな感じでどう? と、二人にそれをメールにファイル添付して送る。
 すぐに返信が来る。天使からだ。
 天使:ギターが埋もれてる。おれのアイディアを殺す気か。
 やつは暇なのか。
 ケイコからの返信は遅かった。たぶん女の子だからだろう。
 ケイコ:ごめん、寝てた。
 こんな感じで手探りで作業が進む。
 
 再びスタジオに入り、二人からのアイディアを取り入れた雛形を膨らませていく。
 ケイコがつくった曲の火種は、サビだけの場合も多かった。そのサビから逆算して、盛り上がる手前のBメロを新しくつくったり、逆にサビ終わりからAメロに戻るまでの間奏、さらに二番サビからの転調を考えたりした。ドラムの打ち込み音も、ケイコのイメージに合わせながら、厚みをもたせていった。
 思いがけず、ごちゃごちゃとした一曲が分かれて別々の曲になることもあった。休憩中のケイコの鼻歌から新しい曲が生まれたり、天使の即興フレーズとぼくの迷子になっていたアイディアが合体してもう一曲できたりした。
 
 そしてそうして出来た曲を、人に見せられるクオリティーに仕上げなければならなかった。

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