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75007

パリの冬は短い。
一年を通して雨は降るが量は気にするほどでもない。
大西洋から吹く湿った暑い風が身を包む。

こちらにきてもう2年経つがやはり良い街である。
パリは東京よりも小さいことを来て二週間ほどで感じた。
45分もあればパリの反対側までいくことができる。

華やかさが日常にあり、歩くだけで新しい発見がある。
東京のように着飾った人間がぞろぞろいるわけでもない。

12区はとても住みやすい。
自然もあり何より落ち着いている。

間違いなくここでの暮らしの方が良い。
なのにもかかわらずあの2年間のことを思い出してしまう。

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「高井戸駅からそのまままっすぐ行ってもらってガストが見えてきたら右折してください。そこからは、、、、とりあえずガストの角を右折してください。ちょっとややこしいんですよね」

わかりました、と運転手は言って車を走らせ始めた。
そうか。彼女の家はややこしい場所にあるのか。
車内ではFMラジオみたいなのが流れていた。
「この曲懐かしくない?」
僕らがちょうど高校生くらいの時に流行った女性アーティスト曲だった。嫌いだったがこのことは伏せておく。
「いや〜、ほんと懐かしいな」
「好きだったの?」
「好きっていうか友達がこの人のファンで聴いてみなよって、アーティストには興味なかったんだけど曲はよく聴いてたの。」
そんな話をしているとここですかね、と運転手が言い右折していく。
はい、と言い路地を何回か曲がり降りた。
かなり入り組んでいた。

彼女はここで大丈夫です、と言ってコンビニで車を止めた。
ついでに何か買っていこうか、そう言って明るすぎるコンビニへ入っていった。

「運転手さん帰れるかな(笑) ここどこだかわかりません!みたいな感じにならないかな」
「その可能性大だね。俺もガストくらいからもうわからないよ」
「えー、そこから?。迷子だね」

6月のジメジメとした空気、生ぬるい風が二人を包む。
6月が一番嫌いだ。湿気のせいで僕の癖毛は言うことを聞かない。それにせっかく直してもこちらの苦労を尻目に癖毛は牙を剥く。


「ペトリコールって知ってる?」


コンビニから彼女の家に向かう途中、僕にそう質問してきた。


「高校2年の担任がペトリコールがどーのこーのって言ってたんだけど」


僕はなにそれ、と答えた。


レモンサワーとほろよい、柿ピーとチーカマを買って微妙な時間と曖昧な関係の僕たちを生温い風が吹き抜けていく。


「雨上がりの時に、なんかコンクリートから匂いがするやつだって」


ふーん、と僕が言うと
もっと興味を持たないと、という小言に続けて
「ギリシャ語で石のエッセンスって言うんだって」
だから、と彼女は言って


「ギリシャに行きたいなー」

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この湿った風が身を包むたびに思い出す。
恋人なんていう関係性ではなかった僕たち。
もしかしたら、どちらかがその言葉を言えば恋人同士になっていたかもしれない。
しかし、あの中途半端な関係がお互いにとってちょうどよかったのだろう。
もしくはお互いに関係性を壊したくなかった、なんてことを考えたところで今更君が何をしているのか僕にはわからない。

ただ間違いなくあれは恋だと思う。

エッフェル塔の近くには郵便局がある。
日本に戻るとき。
ガストの角を右折してからもう忘れてしまったけどあのアパート宛に手紙を出したら君は迎えにきてくれるだろうか。

「ギリシャに一緒に行こう」

手紙には必ずそう書くからさ。

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