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予定通りの人生~彼女の場合~

子供が欲しくて結婚した、と彼女は言っていた。
短大を出てほどなく家庭を持った。
それで女の子が生まれると、彼女は子育てに夢中になった。
思い描いてた通りに楽しかったと言っている。

その分、夫への興味は薄れた。
彼女は、夫のいる家庭を顧みなくなり、夫は家庭全部を顧みなくなった。
夫は、家事も育児も手を出さない分、仕事に集中し、どんどん出世し、投資も成功し、やがて豊富な資金を得て起業する。

才があったのだろう。
起業したビジネスは急成長し、都心に住まいと仕事場の二つのマンションを買う。
恋人も作る。
彼女は、そもそも夫のことはどうでもよくなっていたから、金さえくれれば、嫉妬も何もない。
やりたかった育児を独占できて、夫の世話はsexも含めて恋人がしてくれる。
文句のない毎日。

夫の恋人が結婚を希望して、離婚を切り出される。
一も二もなく同意し、子供が幼稚園にも上がらないうちに、二人は離婚する。
夫の不貞が理由となり、豊富な慰謝料が支払われる。
子供の父親であることは永久に変わらないから、その後の学費すべてと、養育費も完璧だ。

子供には、幼い頃から十分な教育と習い事をさせ、すべてを私立の名門校で過ごさせた。
その娘さんが大学を卒業したとき、彼女は私に言った。
「肩の荷が下りたわ。」
肩の荷?
そうね。

子供が小さいうちは、慰謝料で暮らし、大きくなってからは正社員で働いた。
住まいである都心のマンションは夫が残していったもの。
学費は夫が支払ってくれるし、大学卒業まで生活費としての養育費はあるから、自分が働いた分は、ほとんど自分のために使える。
私のしたのとはまるで違う海外旅行に行っていたし、国内だってすごいレストランの写真を見せてもらった。

結婚も離婚もいい選択だったと彼女は言う。
思い描いていた通りのいい人生だったわと。

数年前その娘さんが結婚して、先日ついに孫が生まれた。
ベタベタに可愛がって育てたのもあるし、孫の世話を頼む都合もあるのか、娘は、ママ、ママといまも実家に寄り添う。

孫を預かれるようにと、仕事をやめた。
「これからは好きなように生きるわ。」
これからは?
好きなように?

シングルマザー、大変ね、と何も知らない人からは言われる。
「ええ、でもようやく本当に肩の荷が下りたわ。」
と彼女は答える。
肩の荷?

娘は、ママが心配だから一緒に住みたいと言ってくれる。
老後の蓄えは心配ないから、まだしばらくは一人暮らしを楽しみたいけどと、恋人の写真を見せながら、
「でも孫と暮らすのも悪くないわよね。やっぱり、家族ってかけがえがないもんね。」
ねぇ、あなたもそう思うでしょと、彼女は屈託なく私に言う。

そして、非課税となった彼女には、来年「低所得者」向けの給付金が支払われる。

読んでいただきありがとうございますm(__)m